『 5センチ 』




う、う〜ん。
あと……ちょっと……なんだけど……


「ほら、なのは。貸して?」
「あ……」


いつの間にか私の後ろに立っていたフェイトちゃん。
私から黒板消しを受取ると、ほんの少し踵を地面から上げただけで、私が必死に背伸びして消そうと頑張っていた黒板右上の隅を綺麗に消し去った。


「……ありがと」
「どういたしまして」


お礼を述べる私よりも嬉しそうに笑って、フェイトちゃんは黒板消しを私の手へ戻す。
私は日直の仕事の続きを遂行すべく、再び黒板に向き合って左右に大きく左手を往復させ。

そうやって黒板を掃除している間、何故だかフェイトちゃんに手伝ってもらった右上の隅っこを意識している私がいた。





放課後、日誌を職員室に届けてから教室に戻ると、窓に凭れて校庭を眺めていたフェイトちゃんに声をかける。


「おまたせ、帰ろ」
「うん。日直、お疲れさま」
「フェイトちゃんももうすぐ順番だね」


五十音順の出席番号で日直が回ってくるので、私の数日後にはフェイトちゃんの番。


「ん、仕事で休むことにならないといいんだけど」
次の人に迷惑かけちゃうと悪いなぁ。


廊下を並んで歩きながら、困った顔で溜息をつくフェイトちゃんの方へ顔を向けると、必然的に目線がほんの少しだけ上へと上がる。

それは本当に僅かな私と彼女の差。


「ねぇ、フェイトちゃん、身長いくつだっけ?」
「え?!なに突然……えーっと、4月の身体測定の時は確か163cmだったと思うけど」


それがどうかした?と確かにフェイトちゃんからしてみれば突拍子もない私の質問に、戸惑いながらも律儀に答えてくれる。

そうだった、そうだった。
私は158cmだから5cm違うんだ。


「ううん。たかが5センチ、されど5センチだなぁ、と思っただけ」


私は今日の黒板の件を引き合いに出してフェイトちゃんに説明すると、ああ、と肯いてみせて。


「そんな大げさな。大して変わらないよ」


子供の頃から変わらぬ笑顔でそう笑った。



    私も昔はそう思ってたよ。

いつからだろう。
それを気にするようになったのは。





管理局の制服姿になると更にその差は広がる。
執務官のフェイトちゃんはそんなに高くはないけれどヒールのあるパンプスを着用し、教導隊の私は機動性を重視した靴を履いているからだ。

仕事上がりに待ち合わせしたフェイトちゃんの隣で、試しに目線の高さが同じになるように背伸びをしてみたら、クスクス笑われてしまう。


「こないだから、気にしてるみたいだけど。なのは、背が高くなりたいの?」
「……んー、そだね。もうちょっと、ね」


厳密には背が高くなりたい、という事とは違ったけれど。
フェイトちゃんに説明するのは憚られて曖昧な言葉を返す。

フェイトちゃんは背伸びを止めた私の頭に優しく二回、ポンポンと手を当ててから。


「でも、なのはくらいがちょうどいいんじゃない?」
「ちょうどいい?」
「うん。ほら、女の人はヒールで背が高くなるでしょ。そうすると、元々身長がある人は付き合ってる男の人と並んで歩いたとき気を使うんだって」
なるべく踵の低い靴を選んで買ったりね。


このフェイトちゃんの情報は、先日の任務中、行動を共にした局員との雑談によるものらしい。


「ふーん、そーゆーもんなのかなぁ」
「自分は良くても相手が気にする人だと色々あるみたい」
「……私、きっとそんな事に拘る人は、好きにならないと思う」
「あはは。そうだね。私も外見とか関係ないと思ってるし」


じゃあ、フェイトちゃんが人を好きになる決め手って何?って聞いたところで、多分、性格だとか中味だとか漠然とした答えしか得られないのがわかってるから、それは止めておく。


「にしても、フェイトちゃんが誰かとそういった話題してるなんて意外」


私たちが通う中学は女子校なので、さほど恋愛関係の話題は多くない。
特に私たちは特殊な環境で生活しているせいもあって、あまりその手の話をする機会がなかった。


「そう?……まぁ、でも、専ら私は聞き役って感じだったけど」
「やっぱりね〜。だってフェイトちゃん、恋愛とかにすっごく疎そう……ってゆうか、鈍そう!!だもん」
「随分な言われようだなぁ」


私がフェイトちゃんの前に回り込んでピシッ!と人差し指を突きつけると、少々不満げに眉を寄せた彼女だったけど、その後すぐに。


「確かに、仕事も覚えなきゃいけないことたくさんあるし、学校も楽しくて友達にも恵まれてるから、今はピンと来ないっていうのが本音かな」


突きつけた私の左手をやんわりと包みこんでそのまま手を繋いで歩き出す。

手を引かれる形でやや後方をついていく私に、フェイトちゃんは首を後ろに傾けながらいつもと同じ穏やかな声で聞いた。


「なのはは?……好きな人、いるの?」
「うん。いるよ」
「え?」
「フェイトちゃん」
「…………」
「……と、はやてちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、ユーノくん……」


私はフェイトちゃんに繋がれていない方の手で指折りつつ、思いつく限りの親しい人の名前を挙げていく。


「なんだ。それだったら、私だってなのは好きだよ」


そんな私にフェイトちゃんは瞳を細める。



そう、こういう時。

こんな時私は思う。


私とフェイトちゃんの身長、約5センチの差。
その微妙な違いは私たちの気持ち    想いの差にとても似ていると。


私はフェイトちゃんが『好き』
フェイトちゃんも私が『好き』

でも、そこには確実に背伸びをしたって埋まらない程のズレはあるのだ。


"大して変わらないよ"
彼女はまた、そう笑うだろうか。


けれど、"大して変わらない"は、裏を返せば"どこかしら違う"って意味なんだよ、フェイトちゃん。



たかが5センチ。
    されど5センチ。


その差は……大きい。








「でも、これなら、そんなの関係ないんだよね」


私は机に向かって何やらデータ整理をしているフェイトちゃんへコーヒーを運ぶついでに、後ろから両腕を回して抱きついた。

あの頃から私は少しだけ身長は伸びたけど、同じくらい彼女も伸びたため、5センチの差は開いたまま。
しかし、椅子に腰かけているフェイトちゃんならそんな事関係なくて、私の腕の中にすっぽりと納まってしまう。

大きいと思っていた私たちの想いの差も    蓋を開けてみれば、そんなもんで。


「ありがと。……なに?何の話??」


私が淹れたコーヒーを一口含んで満足げに微笑んでから、フェイトちゃんは顎を上げて後ろから抱きしめる私を見上げた。


「んーん、こっちの話。それより、どう?捗ってる?」
「うん、おかげ様で。ごめんね、せっかく遊びに来てくれたのに」
「いいよー。私が押しかけたんだもん、気にしないで」


仕事が残ってるから、と会う約束をキャンセルしようとしたフェイトちゃんの部屋に私はやってきている。
仕事の邪魔をしないよう居間でテレビを観たり本を読んだり一人で時間を過ごしているけど、壁一枚隔てた場所にフェイトちゃんがいると思うと全然退屈しないのは不思議だ。


「恋愛に疎くて鈍い誰かさんと付き合うには、待っててもダメだからね」
「うっ……何かにつけて、ソレ持ち出すよね、なのはは」
「ま、ね。ねぇ、知ってる?」
「ん?」
「好きな人に『好きな人いるの?』って聞かれるの、結構トラウマになるんだよ」
「…………ハハハハ」


顔を覗き込むように身を乗り出す私から、フェイトちゃんは斜めに視線を逸らす。

そして、手元のマグカップを両手の指でイジイジと弄りつつ。


「だ、だって、あの頃は私、相手が異性の時だけ恋愛って言うんだと思ってて……」
「うんうん」
「ずっと、なのはの事が一番好きだったけどこの気持ちは別物で、だとしたら、私もいつか誰かに恋するのかなって考えたりしてたから」
「……う〜〜……」
「ごめっ、ごめんなさい!でも、そんな自分が全然想像つかなくて、きっと一生私、恋愛とかしないんだろうなって思ってたの」


両手に持ったマグカップで顔を隠して、一生懸命言い訳を重ねるフェイトちゃん。

……可愛いから、もうこの辺にしといてあげましょう。


「フェイトちゃん」
「はいっ」


カップを持つフェイトちゃんの両手の上から更に私の手を添えて、隠した顔の前からそれをどかすと。



「好きな人、いる?」



私の問いかけに再び顎を大きく後ろに反らして、フェイトちゃんは下から私を見上げた。

その紅い瞳は真っ直ぐで穏やかで一片の迷いもなく。



「うんっ、なのは!」



    ちょっと泣きそうになったのは、フェイトちゃんには内緒。



  完


で、なのはさんが160cmなのはわかってるんだけど、フェイトちゃんはいくつなんでしょうね…。シグナムさんが168cmくさい、という情報を得たので、なんとなく165cmくらいを意識してみた。
いい加減、プロフィールとか公表しよーよ…orz。




 




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