『 a happy life 』
しまった。失敗した。
「ハラオウン執務官、御苦労さまです。流石、と言える手際お見事でした」
やはり後一日、上層部に盾突いたと思われたとしても、ターゲットと交渉を持つべきだった。
「お疲れ様、フェイトさん。無事、任務完了ですね〜!」
そうすれば、非武装で投降をさせて犠牲なく任務を遂行出来る率は格段に上がったのに。
「予測データよりかなり被害を抑えての犯人グループ確保、局でも感心しているよ。それでは、フェイト、気を付けて帰還してくれ」
相手側に死傷者が出たのは私の判断ミス。
流石、とか。無事、とか。予測データがどうとか。
そんな言葉に表面上、微笑むことは出来たけれど、今回もまた、自分の未熟さを思い知る形になった。
「うー、ダメダメ。こんなんじゃ、なのは達に心配されちゃうよね……」
ミッドに帰還してすぐの連休は高町家で過ごす事が恒例となっていて。
明日もなのはとヴィヴィオに会いに行く約束をしている。
付き合いの長いなのはだけでなく、日増しに母親に似てくるヴィヴィオも最近はなかなかに鋭い観察眼を見せてくれていた。
私は両手で軽く頬を叩いて頭を切り替えると、明日の事を思いながら眠りについた。
夜、なのはの家に用意された私の部屋のベッドに腰掛けて、何をするわけでもなくボゥッと宙に視線を浮かせていた。
今日一日、久しぶりにモニター越しではなく本物の二人と過ごして、少し恥ずかしいくらい浮足立っていたのは自分でも自覚がある。
なのはやヴィヴィオもいつもよりテンションが高かったのは私の気のせいではないと思う。
私の全身を包むのは満足感と心地よい疲労。
特に何を思い返しているわけでもないのに、自然と頬が緩む。
「……しあわせ、ってこんな気分だったな」
改めて思う。
いつもだって決して自分が不幸せだと思いながら暮らしているわけじゃない。
私を支えて気遣ってくれる人たちに囲まれて、とても幸せだと思っているけれど、やはり一番実感するのは特別な人と過ごす何気ない一日なのだ。
仕事絡みのモヤモヤは当然未だ胸中にシコリとして残り。
でも、今日の私はそれを思い出す暇がない程楽しんでいた。
なのは達にも悟られていない自信がある。
だから、誰に見咎められるでもないこの時間なら、冴えない表情を浮かべても許されるだろう。
執務官になって約十年経つ。
自分で選んだ道だから、後悔なんて一度足りともしたことはなかった。
けれど、理不尽な出来事や自分の力不足を痛感 文字通り、痛いほど感じて爪が食い込むほど拳を握り締めたり、眠れない夜を過ごすことも多くあって。
いつだったか先輩執務官から"そんな事をいちいち気に病んでいたら、この仕事はやっていけない"と励ましの言葉をもらった事がある。
更に昔にはリインフォースの件で落ち込んでいた私に、クロノも似たような言葉をかけてくれたっけ。
ただ私には、自分が執務官である限り守るべき決めごとがあった。
どんなに理不尽な結果でも、声が出ないほど悲しい事でも、吐き気がする位思い悔やんでも。
絶対に目を背けない。
正視して向き合って事実を受け入れる。
忘れようとなんて、しない。
人が人を裁く、というある種傲慢とも取れる行為に係わる以上、私の中でそれを抱えていくことが最低限必要だと思ったから。
正直に言って、この仕事は明るい内容に比べて、暗くて重い出来事の方が圧倒的に多い。
それでも、私が一度もその選択を後悔せずに今までやってこれたのは、多くなくても嬉しい事、楽しい事があったからで、何よりも私にとってかけがえのない 。
コンコン。
「フェイトちゃん、いいかな?」
「あ、なのは……どうぞ」
気づかない間に扉を開放したままの入り口に立ったなのはが、入室の許可を求めてきた。
ベッドに腰掛けたままボーっとしていた所を見られてしまい、少々バツの悪い思いで微笑み返す。
なのはの左手には湯気が立った二つのマグカップ、右手には何か雑誌を持っていて。
「はい、寝る前だからホットミルクね」
「うん、ありがとう」
私にカップを一つ渡すと、よいしょ、とわざとらしい掛け声と共に、ベッドの上をモソモソと移動する。
「……なのは?」
首を捻ってその彼女の行動を目で追っていたら、背中にポスン、と軽い衝撃があり心地よい温もりが伝わってきた。
どうやら私に凭れるように体育座りの体勢に落ち着いたらしい。
「…………」
「…………」
ホットミルクに口を付けてそのまま黙って様子を窺っていたら、同じく何も言わず、なのはは持ってきた雑誌をペラペラと捲り始める。
……えーと、何がしたいんだろう?
背中合わせで何を話すでもないこの状況。
初めは戸惑ったけれど、しばらくすると背中に伝わる体温、耳慣れた息遣い、時々ふと薫る甘い匂いに、とても癒される事に気づいて背中の緊張を解いた。
そして私はなのはの背中に軽く体重を預け返し、そのまま穏やかな沈黙をホットミルクと一緒に味わう事にする。
こうしていると、さっきまでの重たい気分が融かされていくように思えて 。
あ、もしかしてあれかな……?
私はなのはのこの行動に一つ、心当たりが出来た。
「ねぇ、なのは」
「んー?なぁに?」
「……今回の私の任務の事で、シャーリーかクロノから何か聞いたりした?」
「あ〜、そだね。クロノくんに用事があった時に、ちょっと話題になったかな」
雑誌から顔を上げずサラッとなのははそう言った。
……納得。
きっと、彼女の事だからその会話で何か感じとるものがあったのだろう。
それで、私の事を心配して傍にいてくれてるのかな。
今日一日、バレてないと思ってた私は、結局ダメダメだったってこと。
「……まったく、情けないなぁ」
「どーして?フェイトちゃん、今回の任務で上からもすごく評価されたってクロノくん言ってたよ?」
「…………」
なのはの背中に預ける体重を少しだけ増して、泣き事を洩らす。
しかし、なのはからの返答は私に気を遣っているわけではなく、純粋に疑問に思っている様子。
その噛み合わない空気に、私は体を半分捻って真後ろのなのはの方へ向いた。
なのはもやや体を傾けて至近距離で私たちは顔を見合わせる。
視線がかち合うと、彼女は小首を傾げて優しく微笑んだ。
「ん?」
「あれ?仕事でミスして落ち込んでる私を慰めに来てくれたんじゃぁ……」
「フェイトちゃん、仕事でミスしたの?」
「え?!……あ、えと…………ハイ、しました……」
「それで、落ち込んでたの?」
「……ちょ、ちょっと……ね」
ガクリ。
改めて、こうも直接的に言われると結構心が痛い。
肩を落とす私とは対照的に、なのはは能天気な笑顔を浮かべて。
「へー、全然気づかなかったな。ごめんね」
「そ、そう……」
じゃあ、彼女の一連の行動は一体……?
「てっきり、隠し事しても無駄な努力で、なのはは私を全部お見通しなのかと思っちゃった」
あはははははは。
昔から私は、はやてを始め"とても分かり易い"と言われ続けている。
だから、なのはだったら、なんて少し自惚れていた自分に、恥ずかしくて空笑い。
「そうなれたらいいんだけどね。ううん、いつか、なるよ」
「なのは……」
「でも、フェイトちゃんはもう、私のコト全部分かってるんじゃない?」
なのはは雑誌をパタンと閉じて、脇へと除けて。
その言葉の意味が理解できずにキョトンとしてしまった私をそっと抱き寄せた。
「私ね、そろそろフェイトちゃん、甘えてくれないかなぁ、甘えて欲しいなぁ、って思ってたとこだったんだ」
「……もしかして、それで私の部屋に来たの?」
「うん!フェイトちゃん分が足りなかったの」
……"フェイトちゃん分"??
な、なんだろう、それ。
「そしたら、その通りになっちゃうんだもん。思ってる事筒抜け、みたいな」
「え、いや、そんなつもりはなかったんだけど」
たまたまタイミングが合ってしまっただけで。
なのはがそんな事思ってるなんて、これっぽっちも考えなかった。
「それに、"そろそろ"って私、そんなにいつもなのはに甘えてる……?」
ヴィヴィオと違って、流石にそれは大人として恥ずかしい。
眉尻を下げる私に、なのははクスクス笑いながら額をコツンと合わせる。
「ううん。私としては、もっともっと甘えて欲しいくらいだよ」
それから、私の手からマグカップを抜き取ると、自分の物と一緒にベッド脇のサイドテーブルに置いて。
「はい、どうぞ」
おいで、フェイトちゃん。
優しい眼差しでベッドの上で両手を広げるなのはに。
思わず見惚れて一瞬固まった後、高まる鼓動に右手で胸を押さえて左右に視線を動かす。
「どしたの?いらない?」
「い、いるっ!」
いらないわけがない。
咄嗟に出てしまった一回り大きな声。
赤くなった顔を少しでも隠そうと右手で口元を覆っても、必死に笑いを堪えるなのはには意味はないようだ。
「じゃあ、ほら」
「…………」
数秒躊躇したものの……その誘惑には勝てなくて。
今度は正面からなのはに私の体重を預ける。
そして、大きく一回、息を吸ってゆっくりと吐くと、体中に彼女の柔らかな甘い香りが満ちた。
なるほど、これが。
「……"なのは分"だ」
あやすように背中を軽く叩かれて、やっぱり私、子供みたいだな、と思ったけれど、二人きりだしいいよね。
「いっぱい持ってっていいよ〜」
「うん、満タンね」
「私が満タンにしたら、フェイトちゃんやつれちゃうなぁ」
「あははは、なにそれ」
こんな安らげる場所がある私は、とても贅沢だと思う。
そして、私の仕事は、少しでも多くの人がそんな場所を持てるように精一杯尽力すること。
そうであれば、どんなに辛い事があっても悔しい事があっても、笑顔でいられるから。
……その良い例がココにいる。
でも、今だけもう少し。
「このまま眠っちゃったらダメ?」
なのはの温かさに、徐々に眠気に襲われて胸に顔を埋めた私のお願いに。
「…………ダメ」
ちょっと考えたなのはの答えはNOだ。
ヘンな気分になっちゃうもん、なんて染めた頬で可愛く言われてしまった。
「なっちゃってもいいよ。そしたら目が覚めるから」
「もー、今まで子供みたいだったのに、なにその変わりよう……」
パジャマの下に潜り込ませた右手をピシャリ、とはたかれる。
「明日、朝から皆でお出かけするんでしょ。ちゃんと寝なさい」
前言撤回。
……二人きりの時でも大人の方がいい。
完
なのはさん分とフェイトちゃん分が足りないのは何を隠そうこの私。
ってなわけで、何気ない日常的な二人で自給自足。