『 あなたより、キミより、ずっと 』




それは、一つの嘘から始まった  


何故、そんなことをしたのか。
私自身、その時明確には答えられなかったけれど。

下校途中、何気ない会話の中で、振られた話題。


「そういえばなのは、昨日クラスの子と男子部に行ったの?」


恐らく、そういうフェイトちゃんの口調が、表情が、あまりにも普段通りで。
私は不安に駆られていたのだと思う。


「うん。その子が告白したい男子がいるからって付き添い頼まれちゃって……」


それが明らかにウソだということはフェイトちゃんにだってわかるはず。
ちょうどバレンタインを控えているからか、そういう恋愛沙汰が活発な時期であるのは間違いない。

しかし、今日一日、クラス内で囁き続けられていたウワサとは。


昨日、高町さんが男子に呼び出されて告白されたって
  


そう。今、フェイトちゃんに告げたのとはまるで逆の内容。
私がクラスメートに頼まれて断りきれず、仕方なくその子の友だちの男子に会いに行ったのだ。

敢えて私からその話をしていないのに知っているということは、そのウワサを耳にしたから話題にしたのだろう。
それに、私がそのクラスメートの子と、告白の付き添いを頼まれるほど親しくないのは同じクラスのフェイトちゃんが知らないはずはなかった。

試すような私のウソ。

それなのに。
それなのに彼女は。

私の言葉に、いつもの他愛ないやり取りと同様に微笑んだのだ。


「そうなんだ。上手くいくといいね」
「・・・・・・」


声もなくフェイトちゃんを見つめる私の眼差しは、きっと、絶望にまみれていた。
一言、ごめん、と告げて怪訝な表情を浮かべたフェイトちゃんを残し、逃げるように背を向け走り去った。





部屋にこもって、辛うじて制服から着替えることだけ済ませると、後はベッドに寝転んでただ壁を見つめていた。
机の上の携帯電話が何度も着信やメール受信の音を鳴らしているけれど、それを手に取ることも出来ず。

見なくても相手は分かっていたから。
でも、今の私にはその相手    フェイトちゃんが納得出来るように説明する言葉を持っていなかった。

私とフェイトちゃんは半年前に親友という壁を壊して、お互いの想いを伝え恋人になった。
……だから、あんな試すようなこと、する必要はないし、しちゃいけないのに。


あの時、フェイトちゃんがどんな反応をすれば、私は満足だった?
私のついた嘘に、怒ったり不審に思って問い詰めたりして欲しかった?


「……少なくとも、いつも通りのフェイトちゃんでいて欲しくはなかった」


  ああ、最低だ、私。
簡単に言うと、フェイトちゃんが私のことで感情を動かすのを見たかっただけ。
そんな彼女を見て、私は想われていることを確認したかった。安心したかった。

ただの私のワガママであり、八つ当たり。

けれど、その一方でそんなことでは、胸に渦巻くこの不安が拭いきれないことも私はわかっていた。
でも……自分を抑えられなかった……。

とりあえず、フェイトちゃんに謝らなきゃ。
多分、訳が分からず困ってるに違いないだろうから。





翌日、一時間目が終わった休み時間に、私のクラスにはやてちゃんが顔を出した。


「フェイトちゃんはもう帰ったん?帰り支度して廊下走っとったけど」
「ん、これから仕事だって」
「随分急いでたなぁ。センセに廊下走るな!て怒られてたわ」


可笑しそうに笑うはやてちゃんに、私は苦笑を返す。

受験シーズンで授業は自習がメインなので、無理して学校に来る必要はなかったのに。
とんぼ返りになってもフェイトちゃんが学校に来た理由は一つしか思い浮かばない。

・・・・・・昨日の私の態度。

朝、皆で待ち合わせてからの登校中はなかなか話が出来る空気にならなくて。
教室に入る直前、やっとフェイトちゃんを捕まえて、昨日は色々ごめんね、とようやくそれだけを告げる。

すると、フェイトちゃんは、ホッとした笑顔で小さく首を横に振った。


「ううん。それはいいの。……今日、仕事終わったあと、会えるかな?」


久しぶりに二人でゆっくり話しよう、とフェイトちゃんに誘われ嬉しい反面、単純な世間話で終われないことを思うとせっかくの二人きりなのに、少し気が重かった。


「今度長期任務に就くから、そのメンバーで顔合わせと打ち合わせがあるんだって」
「ああ、フェイトちゃん、初の長期航行やったなぁ。卒業式終わってすぐだっけ?」
「うん。要領がまだ掴めないから、変に疲れるってボヤいてたよ」


なんて、他人事のように話している私たちも、来月卒業式を迎えてからは、忙しい日々が待っている。


「学校なくて仕事一本やから、今までよりもっと任務の幅や仕事の量が広がるしな」
「うん……」
「今までみたいに、学校に行けば皆に会えるっていう生活とオサラバするんは、ちょお寂しい気もするわ」


声は笑っているけれど、やや感傷的に天井を仰ぐはやてちゃん。
私は、小さく、そうだね、と返すだけ。


「なのはちゃん」
「……なに?」
「ここ、ここ。……眉間に皺」


はやてちゃんは、ため息と共に自分の眉間を指し示して、私の表情が曇りがちなのを指摘した。
自分自身、無意識だったため、指摘されあわてて微笑んでみせる。


「で、なのはちゃんは何が気に食わんの?」
「え?べ、別に気に食わないとか、そんな」


私の語尾は消えそうなくらい弱々しい。

ああ、やっぱり登校中の私とフェイトちゃんの様子を見れば、何かあったことなんて、わかっちゃうよね。


「結構意外やね」
「意外……?」
「ん。なのはちゃんやったら、仕事がステップアップすること、楽しみで仕方ないんかと思ってたから。やけど最近、あんま、わくわくしてるようには見えへんし」


確かにはやてちゃんの言うとおり、これからは今までより充実した仕事が出来ると思うと楽しみであるけれど。
それとは別に。


「新しい環境、新しい出会い……。それによって、今までの大切なモノが薄まっちゃうかもしれないって思うのは、後ろ向きなのかなぁ?」


視線を落として呟くように語る私は、自分でも、らしくない、とは思う。

その呟きを耳にして、なるほどな、と納得した顔で数回肯くはやてちゃんは、私の胸の奥にある想いなんて、全部わかってるかのように。


「あたしは、大切なモノは大切なまま、新しい生活で自分が成長することは可能やと思うし、そうするつもりや」
「うん……私も今まではそう思ってた」


半年前の私なら、きっとはやてちゃんのような答えを口にしていただろう。

でも、今は揺らいでいる。
心の裏に隠してあった不安を誤魔化せないほどに。


「まぁ“親友”相手なら素直にそういう気持ちになれるやろうけど」


そこで一旦言葉を切ったはやてちゃんは、やや周囲を気遣うように視線を動かしてから。


「……フェイトちゃん相手やと、そうもいかへんか」


はやてちゃんの苦笑いに、眉尻を下げて答える。


「これから私の知らないフェイトちゃんがいっぱい増えて、知らない人たちと仲良くなって、物理的な距離だけじゃなくて、気持ちまで離れちゃうかもって」
「そんなん、フェイトちゃんだけやなくて、なのはちゃんにも言えることやで?」
「それはそうだよ。……なのに、フェイトちゃんは全然普通で私みたいには見えないから」


長期任務で会えない時間が続いて、忙しい仕事に追われて、日々を過ごすうちに。
徐々にフェイトちゃんの中の私が小さくなって、また、親友に戻ってしまうんじゃないか……。


「んー。そう見えないからって物事を決めつけるんは早計やと思うけどなぁ」


はやてちゃんの言葉に被るように予鈴のチャイムが校内に鳴り響く。


「あ、時間切れか」
「ごめんね。心配かけて」
「ええよー。上手くいったら上手くいったなりの不安もあるってやつやね」
がんばってな〜。


ポンと肩を叩かれ、返事をしづらくて曖昧な笑顔で誤魔化した。


「ただ、それはなのはちゃん一人で解決することちゃうやろ?なのはちゃんとフェイトちゃん、二人で解決せな」


独りで抱え込まずに、ちゃんとフェイトちゃんに私の今の気持ちを伝えろ、と。
はやてちゃんの言いたいのは、つまりそういうこと。


「うん。……そうする」


私がちゃんとした笑顔になったことを確認してから、はやてちゃんは自分の教室へと小走りで戻って行った。

ふぅ……。

はやてちゃんに話したことで少し客観的になれた気がする。


今の私は完全な独り相撲で。

少しずつでもフェイトちゃんに心の内を明かしていたなら、気持ちを試すようなあんな嘘吐かなくて良かった。
彼女は私が不安をぶつけたからといって、面倒に思ったり適当に誤魔化したりなんてする人では決してない。

そんな当り前なことにすら気づく余裕もなかったんだ、私。

夜にきちんと話をしよう。


ありがとう、はやてちゃん  

  ごめんね、フェイトちゃん。



  




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