『  理由はそれぞれ、その時々に  』




 どうして私がこんな目に…。はっきり言って私はあまりこの人が得意ではない。掴めない…と言ったほうがしっくりくるだろうか?

「どうしたんですか?さっきから黙っていますが…」

 静かな声で、けれど良く通る音が私の耳に入ってくる。今この現状を恨んでいる原因はこの音の持ち主にあった。

 私とは正反対と言っていいほどの人間―福路美穂子。

「別に…さして話すことも無いし福路さんも退屈ならこんな所にいる必要ないわよ〜」

「あ、いえ退屈とかは全然、ただ気になっただけで…ごめんなさい」

「謝ることでもないと思うけど」

 と、言ってしまってから『しまった』と思った。どうしてか、彼女と話しをすると冷たくあしらってしまう。いつもみたいに、テレビの話しや通販の話しをしようと思うのだけれど、どうもうまくいかない。

「ごめんなさい…」

 あーやっぱりそうくるわよね。彼女は何も悪くないのに。あきらかしょげ返ってしまって、それから黙々と作業を続けていく。でもやぱっり貧乏くじだと思うのは私だけかしら?

 どうして、よりによって料理当番が彼女と一緒なのだろうか…誰よあみだくじで決めようなんて言い出したのは。

「あ、竹井さんそこはこうして下さい」

「それと、こういう風にすればほら手間が省けて一石二鳥ですよ。ね」

 なんか…。彼女は何も悪くない、悪くないんだけど―。

「ごめん私ちょっと抜けるわ」

 このままここにいたら発狂してしまいそう。

「あの…どちらに?」

「あなたのいないとこ」

「え?」

「冗談よ。本気にしないで」

 まぁ正直な気持ちなんだけど。これくらいのことは言っておかないと彼女には伝わりそうにない―って。

「―っう…」

 はぁー泣いてるし…。

「あなたは、10人が10人自分を好きじゃないと気に入らない人なの?」

「いっえ、そんな、ことっ」

 肩震わして、この光景…風越の生徒にでも見られた日には、私即悪者よね。あ、でも当たっているのか。すごく優しいこの子を虐めて泣かせているのは事実だし。

 ん?虐めてる?

 何で虐めなんてするんだろう?私そんな性格だったかしら?

 第一何でも気が利いて勝手にやってくれるんだから、こんなに楽なことはないじゃない。適当なこと言って彼女に全部やってもらえばいいのよ。

「えーと、言い過ぎたわ。なんて言うか私が作る料理よりも、福路さんの作る料理の方が美味しいから…えー」

 なんて言っていいのかしら?うまく言葉が出てこないわ。

「…本当ですか?」

「へ?」

「私の料理が美味しいって…本当ですか?」

「う、うん。美味しい美味しい」

「嬉しい―」

 さっきまで泣いていたのに、もう泣き止んでる。って言うか…嬉しそうに笑ってる。本当掴めない人よね。やっぱり私には理解できないわ。

 そんなことを思いながら、じーと彼女の顔を見る。そういえばいつも思ってたことだけど…。

「ねぇ、どうしていつも右目つぶってるの?」

「え?これですか?」

 そう言いながら彼女はつぶっている自身の右目に触れる。麻雀をしている時は開いたりするから、ちゃんと見えるはずなのに。

「そう。見えないってわけじゃないわよね」

「はいちゃんと見えますよ」

「ならどうして?」

「えと……簡単に言えば見え無いようにするためです」

 その不思議な答えに首をかしげる。目は見るためにあるのに見え無いようにって。

「両目だと色んなものが良く見えすぎてしまうんです」

「ま、まさか…霊感とか?」

 一瞬そんな考えがよぎって顔が引きつる。

「あ、いえそういった類のものはまったく」

「じゃあ、何なの?見えすぎて困るものなんてそうないはずだけど」

「…だけど、あったんです私には」

 そう言うと、彼女は私から視線を逸らして窓辺に走らせた。

「…」

「小さい頃両親があまり仲が良くなかったんです。それを見て泣いていた私に、母が『見なければそれは真実じゃない』って言ったんです」

 言って私に視線を戻すと、切なげに笑う。

「…つまりは逃げろってことね」

「はい…でも見ないようにするってことは、逆に見ることなんです。見ていなければ目を逸らすことはできませんから」

「…」

「だから毎日、父や母の表情、仕草、雰囲気、態度をずっと見ていたんです。いつでも目を逸らせることが出来るように、でも、そうしていたら…父や母だけじゃなくいつの間にか人のことがよく見えるようになってしまったんです。それはもうエスパー並に」

 そう言ってはにかんで笑える彼女に、少しだけ同情を抱く。

「それをうまく使えたらよかったんですが、私不器用で…何だか全部裏目にでたりして…。流石にいつもいつも目をつぶってはいられないので、試しに右目をつぶってみたんです。そしたら予想以上に効果があって、それから癖になってしまったんです」

 人のことが分かるのは、辛いことが多い。人が隠したいと思っていることは、大抵が知って得することなんてないから。

「…そっか。せっかく綺麗な瞳なのにもったいないわね」

「え!?」

「あ、でも麻雀の席でなら見られるんだ」

「た、竹井さん」

 顔を近づけてにっと笑うと、彼女は私から距離をとるように少しだけ後ろに引いた。

「実は…貴女のことは見えなかったんです」

「私?」

「はい、まったく。何を考えているのかとか、どういう手を待っているのかとか…」

「私の場合はそうなろうとしてなっているわけじゃないから、態度にはあまりでないのかも」

「というと?」

「麻雀ではそうしようとか、そうなったらいいなとかあまり考えたこと無いし、あるがままを受け入れる、みたいな感じかな?」

「悪い待ちはわざとではない?」

「もちろん。でも色々考えたりデジタル打ちも出来ないし、なら受け入れるしかないじゃない」

 自分でどうすることも出来ないことは受け入れる。色々と他では考えを巡らせるけど、麻雀に関しては不可思議なことが多すぎるし。

「でも、今日一つ分かりました…。竹井さんは私の事が…苦手ですよね?」

 ふむ。と腕を組んで彼女を見ていると、くすっと笑いながら彼女は少し試すようにそう言った。

「あー、あなたの話しを聞く前ならとぼけてたわね」

「ふふ…。でも私こうみえても結構負けず嫌いなんです」

 それは何となく、嫌…すごく良く分かる。そうでなきゃ、風越のキャプテンなんて勤まるわけが無い。

「それが…どうしたの?」

「少しでも貴女が好きになってくれるように…」

 言いながらゆっくりと彼女の右目が開いていく…改めて見ると確かに全てを見透かされそうな色違いの瞳。

「やっぱり綺麗よね貴女の瞳。うん。すごく好き」

 彼女が何か言う前に再びその瞳を覗き込んだ。間近で見ると更に吸い込まれそう。

「―!あ、ありがとうございます」

 蚊の鳴くような声でそう呟くと、耳まで真っ赤にさせて俯いてしまう。と、しばらくしてから伺うように顔を上げてため息をついた。

「や、やっぱり勝てませんね…」

「?」

「貴女に…好きって言ってもらえるように頑張ろうと思ったのに、すぐ叶えてしまうんですから」

「あー…」

「でもいいんです。好きって聞けましたから、嬉しいです」

 そう言って笑う彼女に、今まで感じていた苦手意識は少しなりを潜め、変わりに悪戯心が湧いてくる。

「ま、瞳だけだけどね」

 するとあう…っという感じですぐに表情が変わる。それは癖になりそうな面白さだった。人の心を弄ぶのはよくないけど、当分やめられそうにもないわね。

 私は、密かに今のこの時間を楽しむことに決めた。








  




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