『 笑う門には福が来ないこともある 』
高町なのはは退屈していた。
今は、久しぶりの連休を利用して海鳴の実家に帰省中。
といってもヴィヴィオは学校、フェイトは通常勤務の為なのは単独での帰省である。
なのはとしても当初はヴィヴィオの事もあり、そうするつもりはなかったのだけれど。
「なのはママ、もう独りでお留守番大丈夫だよ」
「私も今の仕事早くあがれるし、家の事は心配しないで。良い機会だからゆっくりしてきたら?」
アリサやすずかにも偶には顔見せないと怒られるしね。
ヴィヴィオ、フェイト二人に背中をグイグイ押される形で海鳴に帰って来たのだ。
ゆっくりしてきたら、というフェイトの勧め通り、帰省中の予定は旧友との約束のみ。
まぁ二泊三日の日程ではそれくらいでいいかもしれない。
しかし、ミッドのみならず海鳴でもゆっくり出来るのはなのはだけだったようで、両親は揃って経営する喫茶店があり、兄姉も各々仕事。
アリサ達と会うのも大学の授業を終えてからなので夕方までなのはの時間はポッカリと空いてしまっていた。
リビングのソファーでクッションを胸に抱きながら、リモコンでテレビのチャンネルを一廻りしてみたものの。
どこも似たようなワイドショーばかりでなのはの興味を引くような番組はない。
なのははテレビの電源を落としてリモコンを傍らへ投げ出すと、静まり返ったリビングをクルリと見渡した。
誰もいない広い空間。
「……懐かしいな」
まだ魔法を知る前 フェイトと出逢う前、幼いなのはも良く今と同じように独りでこの空間で過ごしたものだ。
その時は"退屈"なんて思う心の余裕はなかったけれど。
そんな感傷に浸っていたのも束の間。
プルルル…プルルル……
リビングに設置されている高町家の固定電話が、着信を知らせるベルを鳴らす。
「っと。はいはーい、今出ますよ〜」
なのはは慌てて立ち上がり、クッションを掴んだまま電話へと駆け寄って。
「はい、もしもし、高町です」
「突然のお電話、申し訳ありません。わたくしインターネット回線を扱う○○会社の……」
あ、なんだ。勧誘かぁ。
相手の名乗りを途中まで聞いたところで、もう既になのはの頭は断る口実を考え始める。
そういえば、昔も独りで留守番している時、こういう類の勧誘の電話は多かった。
幼かったおかげで両親が不在だと告げれば、相手は簡単に引き下がってくれたのだけど、さて、今回はどうしようか。
やはり"今、手が離せない"あたりが無難だろうか、と決めた矢先。
向こうの口から発せられたある単語に、なのはの胸が一つ大きく高鳴った 。
フェイトは帰り支度を終え、仕事からプライベートへと頭の中味を切り替えるきっかけとして、腕時計で時間を確認する。
只今、20:48。
フェイトにとっては仕事あがりとして早い時間の方であったが、定時はとっくに過ぎている。
しかし、今日はもうなのはが海鳴から戻ってきているので、帰宅を焦る必要はない。
きっと上機嫌で向こうでの出来事を話してくれる事だろう。
「おっかえり〜、フェイトちゃんっっ!」
「……た、ただいま」
予想通り……いや、予想以上のなのはのテンションに、フェイトは高町家の玄関に踏み込んだ一歩を思わず後方へと下げてしまう。
「どうしたの??」
「え?!ううん、何でもないよ」
気を取り直して、下げた一歩を再度玄関へと踏み出した。
「お風呂、用意出来てるよ」
「ほら、フェイトちゃん、これ好きでしょ?」
「私が片付けておくからテレビでも観てて」
「はい、食後のコーヒー」
「あ……ありがと」
帰宅した直後フェイトが感じた気後れは、その後も続いていて。
特別何が、という訳ではないのだが、なのはが妙に甲斐甲斐しくフェイトの世話を焼いているように思えた。
そして、そのなのはの表情も"明るい"というか何というか。
強いて言えば、そう "笑みが深い"。
フェイトは口に含んだコーヒーをゴクリと喉を鳴らして飲み下した。
「どしたの?ちょっと苦かったかな?」
「い、いや!お、美味しすぎてびっくりしちゃったっていうか」
「インスタントだよ?……ヘンなフェイトちゃん」
「はははは」
…………まさか……ね。
翌日の午前中、フェイトはまったくと言っていいほど仕事が捗らなかった。
その理由はデスク脇のフックにぶら下がっている可愛い手提げ袋。
チラリと横目でそれを確認しては小さく溜息を吐いていた。
朝、フェイトとヴィヴィオが家を出る準備をしていると、唯一休みであるなのはがフェイトに小さな手下げ袋を手渡したのだ。
「??なのは、これは?」
「はい、お弁当」
「えぇ?!……えーと、もしかしてヴィヴィオ、今日お弁当の日なの?」
「ううん。わたしは給食だよ〜」
「やだなぁ、ヴィヴィオのついでじゃなくてフェイトちゃん用に作ったんだよ。外食ばっかりだから偶にはお弁当もいいかな、と思って」
「そ、そっか。ありがとう……」
普段、仕事が忙しいなのはもフェイトも朝お弁当など作る時間もなく、特に時間が不規則なフェイトは例え作れたとしても食べられない可能性もあることから、滅多にお弁当を持っていく事はない。
その"滅多に"に含まれるケースとしてヴィヴィオの学校行事があり、そして。
「あれ?フェイトさん、お昼お弁当ですか?」
「あ、うん……」
仕事は捗らなくても時間は過ぎてゆくもので。
同室で事務仕事をこなしていた補佐官のティアナに、時間を見てフェイトは昼食を促した。
ちなみにもう一人の補佐であるシャーリーは本日は別行動である。
書類を傍らにまとめ机の真ん中にチェックの包みを置いて、それをジッと見つめているフェイトの様子を怪訝に思いティアナが声をかける。
「なのはがね、作ってくれたの」
「へ〜、いいですねぇ。でも珍しくないですか?いつも食堂ですよね」
「そう、珍しいんだ……」
フェイトは、なのはお手製のお弁当を喜ぶどころか"どんより"と表現するのがぴったりな表情。
ティアナがその理由を聞くべきか逡巡していたら、フェイト自ら先を続けてくれた。
「大抵ヴィヴィオが必要な時のついでって形なんだけど。それ以外がね」
「はい」
「…………なのはを怒らせた時なの」
「え?怒ってるのにわざわざお弁当を作ってくれるんですか?」
「うん。わざわざ……ね」