『 after that 〜 Extra 〜 』




201……、202……

はやては白を基調とする殺風景な廊下を歩きながら、等間隔で並ぶドアに掲げられた数字を頭の中で復唱しつつ目的の部屋を目指す。


「にしても、未だにあんまり良い気分ちゃうなぁ……」


幼い頃のほとんどを似たような空間で独りで過ごした。
その時の記憶がフラッシュバックして、つい、苦笑が漏れる。

今、はやてがいるのは本局の医務局内にある病棟で、自分が入院生活を送っていた病院ではなかったけれど、世界が違っても空気はそっくりだった。
まぁ、いずれにせよ"病院"へ来なければならない理由に、楽しいモノがあるはずはない。

今日だって、親友の一人を訪ねてやってきたのだから。


「……205っと。ここか」


その個室の病室には訪問者用のインターフォンが設置されていて。
はやてはそのボタンを押して名前を告げる。

すると、やや驚きの色を滲ませた声で部屋の主から入室の許可が下りた。


「お邪魔するでー。……お、先客か。クロノくん、久しぶり!」
「はやて、わざわざ来てくれたの」
「ああ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


ドアが開くと、検査着でベッドの上半身を起こしたフェイトと、その横の簡易イスに足を組んで座っているクロノがいた。


「ごめんね、はやてにまで連絡が入ってるなんて思わなかったよ」
全然大した事ないのに、心配かけちゃったよね。


申し訳なさそうに眉を下げるフェイトに向けて、はやては両手を慌てて左右に振って見せた。


「ああ、ええって。大まかな様子はシャマルに聞いてたし、それに」


脇に除けてあったもう一つのイスをクロノの隣へ移動させ、含みを持たせた笑顔でクロノへと視線を送る。


「多少偉くなると、すこーし仕事抜けたところで、誰も突っ込まへんしね。なぁ、クロノくん?」
「……まぁ、な。それくらいのメリットはあってもいいと思わないか?八神海上警備部捜査司令」
「あはは。ほんま、ほんま」


はやてのちょっとした皮肉に、同じく皮肉で返したクロノ。
二人には組織の上に立つ者として、前線の現場を駆けまわっているフェイトやなのはたちとは違った苦労がある。
少々サボって家族や親友の見舞いに来たからといって、罰は当たるまい。


「参ったなぁ。本当にちょっとしたかすり傷なんだけど……」
「頭打ったんやろ?ちゃんと明日まで検査入院で静かにしとき」


医務局所属のシャマルから聞いていた話をそのまま繰り返して、フェイトの額を指さした。
そこには金の髪を覆うように白い包帯が巻かれている。


「軽くぶつけただけと言っても、出血もしたんだ。油断していた自分を呪って、全身精査してもらえ。良い機会だ」
体調管理も執務官には不可欠だろうが。


執務官として先輩でもある兄からの小言に、はぁい、と妹が渋々頷いて。
その光景が微笑ましく、はやては瞳を細める。

フェイトの今回の任務は、違法研究施設押収後の再調査。
もう敵対する存在も無く、さほど危険はないはずで、そういう意味ではフェイトはクロノの言葉通り"油断"していたかもしれない。

そこへ、思わぬ爆発事故だ。
詳細は調査中だけれども、おそらくガス管か何かの破損による小規模な爆発がフェイト達調査員のすぐそばで起こり、同僚を庇った際、フェイトが怪我を負った。


「ヴィータからも伝言や」
「ヴィータから?」
「そ。『シャーリーから連絡貰ってから、なのはがピリピリして周囲が怯えてる。さっさと無事だってことを相方に証明するように』やって」


ああ、とフェイトは合点がいく。
シャーリーからなのはへ連絡が入り、ヴィータ経由ではやてに伝わったらしい。
そのヴィータからも大人しくするよう釘を刺されてしまい、もう苦笑するしかない。


「それは、なのはの今日の生徒たちが気の毒なことだな……」
「……なのはには、念のためってだけで、全然大丈夫なこと言ってあるんだけど」


フェイトのことは心配だけど、仕事内容に手抜きは出来るはずはない。
フェイトの元へ来るために、一秒たりとも時間オーバーすることがないよう容赦なく今日のメニューを淡々とこなしていくのだろう。

そんななのはの姿が容易に三人には想像出来て、顔を見合わせつつ空笑いを浮かべた。

それから、クロノが一つ大きく溜息を吐いて。


「長い付き合いで親友の君たちなら、分かっているだろう?管理局の切り札などと言われ続けているが、彼女はその力と同じくらいの脆さを持ち合わせている」
「クロノ……」
「だから、フェイト。君がこんなことじゃ、困るな」
「うん……そうだね」


穏やかに肯いたフェイトに、自分の真意が伝わった事を確認したクロノは、背もたれに掛けていた上着を片手に席を立つ。


「さて、僕はそろそろ行くとしよう」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「クロノくんも、あんま無理せんよーになぁ」


二人の言葉に、背を向けたまま片手を軽く挙げて応えてみせて。

部屋を出る直前足を止め、首だけで振り向いた。


「ついでだ。その"兄"としては、そろそろ親友以上の人物のことを紹介してもらえると助かるよ」
前向きに検討しておいてくれ。


そう言い残してフェイトの返事を聞く事もせず、クロノは部屋を出て行ってしまった。


「…………ははは」
「なのはちゃんのこと、バレバレってか。ま、フェイトちゃん分かりやすいから、そんなもんやろ」


ハラオウンの家族に、なのはやヴィヴィオと共に暮らすことを報告したときは、なのはとフェイト、二人の関係を打ち明けてはいない。
ルームシェアというようなニュアンスで伝えただけだ。

しかし。


「リンディさんとか、遊びに来た事あるん?」
「うん。エイミィたちも一緒に来たよ」
「したら、一発やなぁ。お宅ら、空気が新婚さんやもん」
「……そ、そんなこと、ない……と思うけど」


頬を赤く染めて俯きがちに語尾弱々しく反論されても、説得力は皆無だ。
ただ、はやてとしては、それならそれで良かった、と一安心。
世間からの理解より、近しい人々、特に身内から反対されることほど辛いことはないだろうから。


「ねぇ、はやて」
「うん?」
「はやてから見て、今の私で皆に……えと、なのはやヴィヴィオと家族になったことを正式に伝えるのって、どう思う?まだ早くないかな?」
「さっきのクロノくんの言葉か?……そやねぇ」


病室の白い天井を仰いで、やや自信なさ気にはやてに意見を求める。
フェイトは先ほどクロノから遠まわしに指摘された事を気にしているようだ。

"こんなことじゃ、困る"

    まだまだ色々と自分に足りない部分があるのは理解している。
それなのに、なのはと家族になることを宣言するのは、拙速に過ぎたことかもしれない。



  




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