『  五感  』 





「おかえりっ、フェイトちゃん!」


私は帰宅して玄関のドアを開けるやいなや、姿は見えなくてもこの空間のどこかに存在する愛しい人に向けて声をかけた。
すると、やや急いだ足音を鳴らしながら、その人がリビングの入り口から顔を覗かせ。


「ただいま、なのは」


私の大好きな微笑みで迎えてくれる。


「うんっ」


フェイトちゃんは約二カ月に亘る航行を終え、予定通り、今日のお昼には家に到着。
その連絡をもらっていた私は、午後の仕事は正直言って、時間内に終わらせることを優先させた為、丁寧さは不足していたと思う。

……で、でも、仕方ないよね。
二カ月ぶりなんだもん。
ミスはないよう最低限気を付けたから、それで勘弁してもらおう。

いそいそと靴を脱いで家に上がる私を、フェイトちゃんは微笑みからクスクス笑いへと変化させて待っている。


「なぁに?なにか可笑しい??」
「フフッ。だって、反対じゃない?」
「反対?」


少しの間考えてから、フェイトちゃんの言葉の意味を理解した。

ああ、そうだね。
普通、反対だよね。


私も口元に手を当て、多少笑いを堪えながら改めて。


「フェイトちゃん、ただいま」
「はい、おかえりなさい」


帰宅の挨拶をした。





柔らかなグリーンのカットソーにジーンズというラフな姿にエプロンをしていた彼女は、夕飯の準備の途中らしい。
キッチンに戻るその後ろを私も着いていく。


「ほら、先に着替えてきたら?もうすぐ出来るから」
「うん」


 返事をしただけでそれには従わず、フェイトちゃんの手元を脇から覗き込んだ。
えーと、ハンバーグと……。

パクッ。


「あ!なのは、お行儀悪いよ」
「にゃはは〜」


付け合わせのポテトサラダを一口摘まんだことを咎められてしまったけれど、私は笑って誤魔化す。

こっそり言い訳させてもらうと。
フェイトちゃんが作るポテトサラダは私が作るものとも、惣菜で売っているものとも違って、とても美味しい。
しかし、何が違うのかはっきり分からなくて。
作り方を教えてほしい、とか、せめて味付けを、とお願いしても教えてくれないんだよね。

そして、それから。

もう、仕方ないなぁ、なんて呆れた風に夕飯作りを再開するフェイトちゃんの背中に額を押し当て、両腕をお腹に回して抱きついた。


「ん?今日のRHは甘えんぼモードなの?」
「……うん、そう」


フェイトちゃんの揶揄するような口調の中に嬉しさが隠しきれずにいたから、私もそれを素直に肯定する。


「もうちょっとだけ」


私のお願いに答える代りに、体を反転させて正面から包み込むように抱きしめられる。
私はフェイトちゃんの首筋に顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。


「……やっと全部。おかえりなさい、フェイトちゃん」
「え?何が?」


意味が分からない、と不思議そうにしているフェイトちゃんに私は少し体を離し、解説してあげることにする。


「五感、ってあるでしょう?」
「ごかん……?」
「そう。会えなくても通信で、フェイトちゃんを見る事と、声を聴く事は出来るじゃない?」
「うん。疲れてる時、なのはの顔を見るとホッとするんだ」
「それ、『視覚』と『聴覚』ね」


フェイトちゃんは、その二つの単語と結び付けてようやく『五感』の指す意味が掴めたのか、ああ、と頷いている。


「だからそれ以外に。こうして触れて、胸一杯にフェイトちゃんの匂いを吸い込んで初めて、帰ってきてくれたんだな、って実感するの」
「『触覚』と『嗅覚』……ね。確かに私も、なのはを抱きしめないと帰ってきたって感じがしないかな」


言いながら、私を抱く腕に少しだけ力が込められたのを感じた。


「あれ?四つしかないよ?あと一つ……えー、なんだっけ」
「『味覚』?」
「そう、それ!それはないの?」


フェイトちゃんの質問に、私はクスリと笑って。


「ポテトサラダ」
「あ、さっきなのはがつまみ食いした……」
「あの味がフェイトちゃん。どこのを食べても違うんだよね。フェイトちゃんのが一番好き」


最後に、いつになったらレシピを教えてくれるのか、と恨みごとを付け加えたけど、彼女は微笑むだけ。

そして、何か思いついたのか私の顔を覗き込む。


「なのはには、もっと別のを味わってほしいんだけどな」
「え?何か新しい料理、覚えたの?」


それは是非とも食べてみたいと思う。
フェイトちゃんはいつも私の料理を美味しいと言ってくれる。
でも、私は逆にフェイトちゃんの作ってくれる物の方が美味しく感じる。
はやてちゃんに言ったら、あー、はいはい、と相手にしてもらえなかったけれど。

期待の眼差しで見つめる私に、フェイトちゃんの肩がガクリと落ちた。


「……いや、あの、そうじゃなくて」
「??」


なに、その残念な人を見る目は。


「じゃあ…………っっ!」

少し腹立たしげに問う私の唇は、途中で柔らかく暖かいモノで塞がれる。


「…………」
「ん…………」


じっくりと、丹念に、そして、優しく。


「……どう?味わった?」
「っていうか、味わわれた感じ?」
「あはは。ごちそうさま、なのは」


茶化す言葉とは裏腹に照れたように頬を染めるフェイトちゃん。


うん、私もやっぱりこっちの方がいいかな。



……後でもっとゆっくり味わうことにしよう。



   完    2009/09/12


なんだか前回の短編『a happy〜』と雰囲気がかなり被ってますな。
“一年周期で似たような短編を書く病”なのかもしれないわ、私(笑)。←どんなだよ




 




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