『  春よ、来い  』




ん〜〜、春だねぇ……。

意識せずとも同じ歩幅で歩くようになったフェイトちゃんが隣で大きく伸びをしながら言った。
そうだね、と私が相槌を打つより早く、一歩前を軽い足取りで進んでいたヴィヴィオが体をクルリと反転させ、歩みは止めずにそのまま。


「ほんとほんと。ねっ、ママ!わたし不思議なんだけど」
「ほら、ちゃんと前見て歩かないと危ないよ。転んだって知らないから」
「大丈夫だもん。なのはママと違うもん」


むー。可愛くない。
茶目っ気たっぷりに舌をペロッと出して見せるヴィヴィオに、私は眉を寄せたけれど隣を歩く人は笑いを隠そうともしない。


「それで、何が不思議なの?」
「うん。あのね、毎年桜を見る度に思うの。今まで見た中で今年が一番綺麗だな〜って」


ヴィヴィオは周囲へと視線を巡らせる。
そこには溢れんばかりの薄紅色が咲き誇っていた。

私は春になると必ず予定をやり繰りして、ヴィヴィオと一緒に海鳴に里帰りをするようにしている。
だからヴィヴィオもこの海鳴臨海公園の桜並木を目にするのももう幾度目か。


「多分わたし、来年も同じ事考えちゃうよ。でもね、そうすると」
「うん?」
「それまでわたしが見てきた過去の桜さんたちに悪い気がする。毎回とっても綺麗に咲いてくれてるのに……」


ローファーのつま先を地面にトントンと軽く当てて、ヴィヴィオが控えめに口にする。
私にはまったくなかったその発想に答えに窮していると、フェイトちゃんが顎下に指を当てながら。


「そうだね。……でもヴィヴィオ、考えてみて?今私たちにこんなに素敵な姿を見せてくれてるのに、前に見た時の方が綺麗だった、って思うのも逆に失礼だと思わない?」
「…………そっか。じゃあどうしたらいいのかなぁ」


ヴィヴィオはフェイトちゃんの意見に同意の模様。
うーん、と二人揃って腕組みを始めてしまった。

……似たもの親子?


「ねぇねぇ、二人とも。同じ桜の樹なんだし毎回素直に感動してあげるのが一番なんじゃない?」
目の前の咲いてるお花を見ないで考え込んでる方が失礼だよ。


私の妥協案に二人は顔を見合わせて、クスリと笑ってから。


「でも、なのはは"去年より今年の方がキレイになったね"って言われたら去年は違ったのかって怒りそう」
「なっ!?怒らないよ、そんなことでっ。…………そりゃ、ちょっとは引っかかるけど」
「じゃあフェイトママ、今度なのはママに試してみて!怒らないかどうかわかるよ」
「うん、怒られたらヴィヴィオ絶対助けてね?」


ヴィヴィオの茶々に肯くフェイトちゃんを横目に見て溜息を一つ。

まったくもう、さっきから二人して……。

すると、フェイトちゃんはしれっとした顔のまま、すごい事を言いだした。


「けど、なのはが毎年どんどん綺麗になってるのは本当だよね」
「…………」
「……フェイトママ……」
「え?な、なに?なんかダメ??」


頑張って冷静を装っていても自分の頬が熱くなっているのが分かる。
ヴィヴィオが私の顔を見て苦笑いを浮かべているから、外見上もそのまんまなのだろう。


「ううん、全然いいと思う!わたし、先にいつもの場所でお弁当の準備してるからママたちはゆっくりでいいよっ」
「あ、ちょっとヴィヴィオ」


ヴィヴィオはそう告げると私の肩からバッグを抜き取って、手を振り振り小走りで駆けて行ってしまった。

これは……きっと、たぶん……そう。


「なのは、いいの?ヴィヴィオ一人で行っちゃったよ」
「……もー、そんな事まで気が利くようにならなくてもいいのになぁ」
「はい?」
「いいから、いいから。じゃ、私たちは歩きながらのお花を堪能しようか」


肩に掛けた荷物がなくなって空いた右腕をフェイトちゃんの左腕にそっと添えた。




「今年はフェイトちゃんも一緒に来れて良かったよ」
「うん。いつも何かと予定合わなくて……私、満開の桜をちゃんと見たの久しぶり」
何て言うか……圧倒されるね。


確かにどこを向いてもいわゆる桜色一色。
その存在感たるや日本の春の代名詞というに十分……なんて情緒的な感想を抱いていたら。


「SLBでなのはの魔力光に包まれた時を思い出すよ」
私の視界一面、桜色だったなぁ……。


遠い目でフェイトちゃんは幼い日の出来事に思いを馳せる。

それはちょっと、台無しだよ……。

私の肩が完全に落ち切ってしまう前に、フェイトちゃんは穏やかな微笑みで訂正した。


「もちろんそれは冗談」
「……いじわる」
「けど、こんな景色の中にいると、なのはに包まれてるみたいですごく満ち足りた気持ちになるのは本当」


そう言って添えた私の右手を外して、今度は掌で繋がる。

私はすっかり怒るタイミングも拗ねるタイミングも失って、ただフェイトちゃんに従うだけ。


「だから、毎年ちゃんとこの時期に帰るなのは達がちょっとだけ羨ましかったの」
「ごめんね、フェイトちゃん」
「あははは、別に謝らなくても。ちゃんと二人のお土産話や写真で私も楽しませて貰ってるよ。故郷の自慢の景色を愛娘に見せたい親心も分かるし」


確かに私は心の中で決めていた。
ヴィヴィオに毎年必ずこの景色を見せてあげようって。

でもそれは、フェイトちゃんの言うような理由じゃない。


「初めてヴィヴィオが桜を見た時に言ったんだ。"フェイトママみたい"って」
「えっ、私?!……えーと、なのはじゃなくて??」
「うん、フェイトちゃん、だよ」


驚きに目を見開いて自分を指さすフェイトちゃんに、私は微笑で肯定してみせた。




    当時、ヴィヴィオを引き取って一年が過ぎた頃。

私がヴィヴィオを連れて帰省したのが、ちょうどこの時期で。
ただ、既に満開を過ぎていた花は散り際の美しさを魅せていた。

少し風が強かったせいもあって、まるで雪のように降りしきる花片にヴィヴィオは眉を寄せて泣きそうな瞳をして私に問いかけたのだ。


『お花、こんなに落ちて大丈夫?なくなっちゃわない?』
『ん〜、この桜はソメイヨシノっていう種類だからね。お花が咲いてる期間が短いの。もう散り始めてるから……風もあるしあと何日かするとほとんど散っちゃうかなぁ』
『あっという間だね……なんか、フェイトママみたい』




「え?!ってことはヴィヴィオにとって、私=散るってこと?!……うわ、結構ショック……」


私の話を聞いたフェイトちゃんは、その内容に少々顔をひきつらせて呟く。

ヴィヴィオにその理由を尋ねると、まぁ、当たらずも…と言いますか。
機動六課ではほぼ毎日私とフェイトちゃんと過ごしていたのが、所属がそれぞれ元の場所へ戻ってから別々の暮らしとなって。
私はもちろんなるべくヴィヴィオと過ごせるように気を配っていたけれど、フェイトちゃんの職務は長期不在が当り前。
それでも時間を作ってヴィヴィオに会いに来てくれて、ヴィヴィオもすごく嬉しそうだった。

……会えた回数を数えられる程のそんな生活は、口にしないだけでやっぱり寂しい思いをしていたのだろう。




『大丈夫だよ、ヴィヴィオ。お花はすぐ散るけど桜の樹はずっとココにしっかり立ってるんだから』
『……うん』
『来年も、再来年も、その先も春になればちゃんととっても素敵なお花を私たちに見せてくれるよ。だから悲しむ必要ないの、楽しみに待っていればいいんだよ』


そう伝えるとヴィヴィオはいつも通りの子供らしい笑顔になった。




「……ヴィヴィオにここの桜がちゃんと咲いてるよって見せてあげなきゃと思って」
「そっか」
「もうヴィヴィオはそんなの覚えてるかわからないんだけどね」


特に二人の間の約束事にしたわけでもない。
私の勝手な使命感……っていうのかな。
桜にフェイトちゃんを重ねたヴィヴィオにこの景色を見せる事。


「私も年に一回のイベントみたいに思われない様に頑張らなきゃね……」
うん、もっと時間作ってヴィヴィオに会いに来るよっ。


フェイトちゃんは、決意表明とでもいうのかグッと拳を握って鼻息を荒くして。


「へ〜、“ヴィヴィオに”会いに来るんだ〜。へ〜〜」
「ぅえ?!ちっ、違うよ?!当り前だけど、なのはにも会いたいからね??」
「へ〜、“にも”なんだ〜。へ〜〜」
「なのはぁ……」


繋いだ手を離すと私は両手を後ろで組んで一歩先を歩き出す。
そんな私を彼女の慌てた情けない声が追ってきた。

ごめんね、フェイトちゃん。
カッコ良くて優しいフェイトちゃんも好きだけど、こんなダメダメなフェイトちゃんも私、好きなんだよね。

    あと、ごめんねがもう一つ。

フェイトちゃんにもヴィヴィオにも言えないけど。

本当は私なの、あなたに当り前のように会えなくなって心が折れそうになっていたのは。

ヴィヴィオに伝えた言葉はそのまま自分に言い聞かせた言葉。
今はそばにいなくてもフェイトちゃんは私の心の中にしっかり根付いているから大丈夫って、毎年桜の花に重ねて確認してたんだよ。

寂しくない。悲しくない。
私の元へ帰って来る日を楽しみに待ってる。




    春よ、来い。



   完


春ソングといってパッと思い浮かぶのがこの曲と桜坂だったり。しかし、両方とも結構前の曲だということに気づいてガクゼン…うわわわorz。



   




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