『 ムードもへったくれもないのは仕様です。 』




私とフェイトちゃんが一緒にいる意味が大きく変わってから三度目の二人きりでのお泊り。
一度目は、お互い意識しすぎて緊張しちゃって……逆に何も出来なかった。
二度目は、一度目の反省を生かしてリラックスしようと対策を練ったら、仕事で徹夜明けのフェイトちゃんが気持ち良さそうに眠ってしまったというお約束。

そして、今日は三度目の正直。

一線を越えるのに準備も心構えも万端……なはずだったんだけど。

私たちは今、管理局の寮にあるフェイトちゃんの部屋のベッドの上で、正座で向かい合っている。
明日ちゃんと二人とも休みを取ったり、昨日の夜は早めに寝たり、そうやって『準備』も『心構え』も万端、しかし。


「……ねぇ、フェイトちゃん」
「なっ、なにっ?」
「やり方……知ってる?」
今更だけど。


    『知識』だけが著しく不足していた。
それは、恐らく私だけじゃなくて。


「え?!えーと、それは……」
「うん」
「キ、キスして抱き合って……お、お互いが気持ち良くなればいい……んじゃないか、と」


自信なさ気に俯いてパジャマの裾を揉みしだくフェイトちゃんに、やっぱりねぇ、と心の中だけで溜息を吐く。
漠然としたフェイトちゃんの答えは、漠然とした知識しかないという証拠。
もちろんだからって、フェイトちゃんを責めるなんて気持はない。私も同じだし。


「もっと具体的に。手順とか」
「!!手順?!……そんなのあるの?」
「ないの?」
「…………」


私の素朴な疑問に、フェイトちゃんは両腕を組んで無言で暫くベッドのとある一点を見つめた後に、ポンッと手を打った。


「そういう時はアレだよ」
「どれ?」
「んー、なのは、ちょっと待ってて」


そう言い残してフェイトちゃんは部屋のクローゼットをゴソゴソと漁りだす。
一体何が出てくるのやら……まさか、怪しい本とか持ってたりするのかな。

興味深くその行動を観察していると、どうやら目的のモノを発見したらしい様子が窺えた。


「お待たせー」


嬉しそうに戻ってきてベッドに再び正座をしたフェイトちゃんが私にジャーンと掲げて見せたのは。


「……ほけんたいいく……ちゅうさん」
「やっぱり手順とか調べるのは教科書が一番じゃない?」


予想外の展開に、私はフェイトちゃんの手にある本のタイトルを完全棒読みで読みあげる。
けれど、それは本人には全然伝わらず至って真面目にペラペラとページを繰っていく。

中三の保健体育の教科書に、そんな性教育の記載があるわけない。
逆に、あったとしたら、どんだけ日本は進んでいるのかと思う。
同性婚を認めている国なんかよりよっぽど上で、世界中のカップルが集まってくるんじゃないかな。

そう思ったけど声には出さずに、フェイトちゃんが気の済むよう見守る。

ただ、ちょっとだけ気になることがあった。
それは訊いておきたい。


「フェイトちゃんって、寮の部屋に持ってきた荷物すごく少ないけど、わざわざ中学校の教科書持って来てたの?結構かさ張らない?」
「あー、うん。まぁ、全部ってわけでもないし」
「……ふーん。選んで持って来たんだ、保健体育」
「…………」
「…………」


私の指摘に特にコメントを返すことなく、少々気まずい感じで教科書をパタリと閉じた。


「……載ってない」
「……だろうね」
「そういうなのはは?知ってる?」
「知ってたらフェイトちゃんに聞かないよ。恥ずかしいもん」
「そっか」


こうして二人、壁にぶつかり途方に暮れる。

いや別に、勢いに任せてそれこそ"漠然と"先に進んでもどうにかなるのかもしれない。
でも、私も彼女も几帳面な性格なので、一度気になった事を放っておくのは気持ち悪いし、それ以上に私は、フェイトちゃんときちんと結ばれたい理由があったから。


「なのはも知らないとなると……それじゃ仕方ないよね」
「うん……」
「今日のところは、ドローで」
「…………ド、ドローで」


フェイトちゃんはそう苦笑してベッドに潜り込み、眠る体勢になってしまう。
私もフェイトちゃんに倣ってその横に身体を滑り込ませ。
ごく至近距離で見つめあった後、おやすみのキスをして眠りに着いた。

にしても。


…………ドロー??


割と何においても対抗心というか、勝ち負け目線で物事を捉えてしまうのは彼女のクセなんだけど。

    ちょっと時々、フェイトちゃんの感性に着いていけなかったりする。





三度目の正直が不発に終わった翌週。
四度目のチャレンジにあたって、今度は私の寮の部屋へフェイトちゃんを招いた。

二人ともそれぞれシャワーを浴びてから、テレビの正面にあるソファーへと着席。


「さて、フェイトちゃん」
「はい」
「今日はここに参考資料を用意しました」


私がローテーブルに広げて見せたのは三枚のディスク。
三度目に失敗した後、海鳴の実家に戻って調達してきた。


「資料……?」
「うん。恭也お兄ちゃんの秘密コーナーから内緒で適当に持ってきたの」
「え?!なのは、だ、大丈夫?バレて怒られたりしない?」
「大丈夫だと思うよ。いっぱいあったから三枚くらい無くても気づかないよ」


妹の特権……とでも言いますか。
世の中のお兄ちゃんたちは気をつけた方がいいと思う。
妹は大体隠し場所を把握しています。

私はディスクをセットしてからソファーへ戻り、隣のフェイトちゃんがモゾモゾ居住いを正す様子にクスリと笑う。
フェイトちゃんは笑われた事に眉を寄せて不満を訴えようとしたけれど、私が腕を軽く叩いて再生が始まった事を伝えると、二人の視線は正面のテレビへと集中した。


「…………こ、これは」
「…………う〜〜〜ん」


しばらく無言でテレビ画面に見入っていた私たちは、十分間も経たないうちに集中が切れる。

なんていうか……設定も芝居もこれぞB級!って感じで。
でも、目的はソレじゃなくてアレだから、そこは目を瞑ってもいい。そこは、ね。


「モザイクが……ちょっと笑っちゃうね」
「まぁ、倫理的に?でも、これって男女モノだけど……参考になるのかなぁ」


それは私も思ったけど。
適当に選んだだけだから内容は判らなかったし、お兄ちゃんが女性同士のを持ってるかなんて知らないし。


「男女でも男同士でも女同士でも、結局やることは一緒なんじゃない?」
「そ、そう、なの?」


キレの悪い返事を返され、それでもせっかくだし、もうちょっと粘って観賞してみる。
画面の中の女の人は開始からすぐ気持ち良さそうに、あ〜ん、だの、や〜ん、だの声を上げていて。


……私もこんな声出すのかな。


自分に置き換えてみたら途端に違う恥ずかしさに襲われて、頬が熱くなる。

えっと、えっと、そうじゃなくて。

私たちは一方的にどちらかが受身になるわけじゃないんだから、私もフェイトちゃんにしてあげるんだよね。


フェイトちゃんも……あんな風になる……?


今度はフェイトちゃんに置き換える。
すると、いきなり胸の鼓動が跳ね上がり、無意識に喉がゴクリと鳴った。



   




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