『 オトナのイタズラ 〜電車でGO! 編〜 』




今日と明日、地上本部で行われる会議に出席するため私とフェイトちゃんは、今タクシーの中にいる。


「レールウェイなんて久しぶりだなぁ」


少し楽し気に話すフェイトちゃんの愛車は、何日か前から定期点検だとかで、まだ整備から戻ってきてはいない。

交通の便があまりよくない六課の隊舎からは最寄のレールウェイのステーションまでタクシーで移動するしかなくて。
ただ、乗ってしまえば乗り換えもないので渋滞に巻き込まれたりしない分、時間は正確ではあるのだけれど。


「でも、ちょうど朝のラッシュの時間帯だから、混むんだよね」


私は数回経験したことのある、混雑を思い出してげっそりと呟いた。
フェイトちゃんも、ああ、あれは、と苦笑ぎみ。


「ま、二日間だけだし、ガマンだね」


微笑む彼女の顔を見ながら、私も、そうだね、と笑顔を返した。





一日目    “疑”。


わっ……すごい……。

私とフェイトちゃんは乗り込んでくる人波に飲み込まれる様に奥へ、奥へと押されていく。
私たちが乗った駅から数駅して、グン、と乗客が増えたのだ。


「なのは、大丈夫……?」
「……うん。なんとか」


結局、私たちは壁際まで流されてしまい。
背中は壁、前にはフェイトちゃんが私を守るように立っている。

バランスを取るためになんだろうけど、私の横の壁に手を付いて向かい合わせに立つフェイトちゃんは。
後ろの人から押されてもなるべく私に負担をかけないようにしてくれていて、『守るように』ではなく、本当に『守ってくれて』いるのかな。

念話を使うのも照れ臭くて、少し高い位置にあるフェイトちゃんの顔を見上げ、眼差しだけで、ありがとう、と言うと、目を細めて口元が綻んだのでちゃんと伝わったみたい。

すごい人数が集まっているとはいえ朝ということもあって、乗客同士の会話というのはまったくなかった。
日本の電車よりも騒音がないため、静まり返った車内でフェイトちゃんと会話を交わすのも目立ってしまう。
かといって、念話を使ってまで話さなきゃいけない内容は特にない。

フェイトちゃんからも話しかけてくる様子もないし。
このまましばらく、ラッシュの密着で思いがけず感じることになった恋人の温もりを楽しむことにしよう。


確か、ここからだと15分くらいで着くハズだよね。


そう思った矢先。


……あれ?


腰の辺りに何か触れる感触があって。

誰かのカバンがあたってるのかな。

でも、ギュウギュウでその場所の目視すらままならない。
だいたい、周囲の人は皆、私たちに背を向けるようにして立っているので、カバンが当たるというシチュエーションでもないだろう。

それに、この感触は硬い物体、というよりも、温かくて柔軟で……。

もしかして、これが世に言う痴漢さん、というやつなのだろうか。
しかし、まだ決定的な何かをされたわけでもないので、早とちりかもしれないし。

どうしよう。念話で相談してみようか。

困った顔でフェイトちゃんを見上げたら、ん?という表情で首を傾げられた。


『あの、ね。フェイトちゃん』
『なに?なのは』
『さっきから、私の腰のあたりに……』
『ああ、私の手だよ』
『そ、そうなの?』
『うん』


…………。

……支えてくれてるのかな。
そ、それにしては、なんか、上下に動いてるっていうか、さすってるっていうか    撫で回してるっていうか。

揺れた拍子に私の足の間にフェイトちゃんの片足が少し割り込んできたりして。


ええと、あの、その。


妙な気分になりそうで、やっぱり困った顔でまたフェイトちゃんを見上げたら、やっぱり同じように、ん?と首を傾げるだけだった。

偶然……だよね。

うん、混んでるんだもん。
仕方ないよ。
……周りからかばってくれてるのに、疑うなんて悪いよね……。

んっ……。

でも、フェイトちゃん。その指先の動きはちょっと……。


それから駅に着くまで、私は赤くなった顔でずっと俯いていた。





2日目    “確”。


「はぁ〜、またあのラッシュかぁ……。参ったなぁ」


私がため息を吐くと、隣にいたフェイトちゃんは笑顔で、がんばろう、と頭を撫でてくれた。

それにしても。


「フェイトちゃん、ちょっと楽しそうじゃない?」


私の指摘にあからさまに視線を逸らして。


「そんなことないよ。あー、ラッシュ、いやだなぁ」
「……すごい棒読み」


アヤしい。アヤしすぎる。

だからといって、避ける術のない私たちは、またいくつめかの駅で人に押されて奥へと追いやられてしまう。
昨日と同じで、フェイトちゃんの腕に守られるように壁を背にして立つことになった私は。

しばらくしてから、またもや、あの感覚に襲われた。


しかも昨日より更に動きが増してるんですけどっ!!


左手は壁について自分の身体を支えつつ、右手は私の視界から見えない所に。


「……っ!」


わき腹からやや上の場所を揉むような手の動きに思わず息をのむ。
上半身に気を取られていたらいつの間にかまた、両足の間にフェイトちゃんの右足が押し付けられていたりして。


『ちょ、ちょっと、フェイトちゃん!!』
『なぁに?』
『なぁに、じゃなくてっ。手と足!!』
『何のことかなぁ』


とぼけたように窓の外へ視線をやりながら、右腿で私に微妙な振動を送らないでよっ!

混んでいるため、私も大きな動作で拒否することが出来ないのをいいことに、フェイトちゃんは動きを止めようとしない。
とどめに、私の耳元に、フッと熱い吐息を吹きかけられて、念話で盛大に非難の言葉を浴びせようとしたら、念話は遮断されていた。


こ、このぉ、確信犯っっ!!


私は、与えられる感覚をやりすごそうと、眉間に力を込めて。
上目遣いでフェイトちゃんの顔を睨み続けていたのだった。





「もー、信じらんないっ!」
「なのは、声、大きいよ」


駅に着いて、やっと会話を交わせるようになったのだけれど、フェイトちゃんが人差し指を立てて、私を窘める。
確かに降車しても周囲に人はたくさんいるから、それはわかる。
でも、誰のせいだと思ってるの!と私は言いたい。

仕方ないからやや声のトーンは落とし気味に、元凶を責めた。


「あれはね、フェイトちゃん。痴漢っていうの、チ・カ・ン!」
「でも、私となのはは付き合ってるんだし……」
「それとこれとは別でしょっ。大勢の人がいるのにあんなことするなんて立派な犯罪です!」
「そんなすごいことしてないよ?それになのはだって、気持ち良」


それ以上先を言わせないように、私はフェイトちゃんの片頬を思いっきりひっぱって、言葉を止めさせる。


「朝から、何を言い出すのかな、フェイトちゃん?」
「いひゃい、いひゃい」


私が手を放した後、赤くなった頬を押さえながら少し不満げにグチグチ呟く彼女の口から、案の定『はやて』という名前が零れ出て、私は頭痛を覚えた。




「は〜や〜て〜ちゃん!」
「お帰りー。お疲れさん」


私は地上本部での仕事を終え六課に戻って早々に、はやてちゃんの部屋へと乗り込んだ。


「なんや、ご機嫌斜めやなぁ」
「斜めどころじゃないよ、もうっ。はやてちゃんでしょ??」
「なんの話?」
「またフェイトちゃんに変なこと教えたでしょう?!」


覚えがないのか、はたまた、ありすぎて分からないのか。
キョトンとするはやてちゃんに根堀葉堀問われるままに答えると。


「あたしはその件にはノータッチやで」


あっさりと否定されてしまった。


「え?!はやてちゃんが吹き込んだんじゃないの??」
「ちゃうちゃう。初耳や、そんなん」


呆れたように笑う親友は、デスクで何やら書き物をしている。
その姿に私は、ハッと我に返って。


「ごごごめん。仕事中に。私、ちょっと勘違いしちゃって……」


勝手に決め付けて仕事中にも関わらず怒鳴り込んでしまった事を謝罪すると、はやてちゃんはニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべ。


「それは別にええんやけど〜。にしても、朝から二人してそんなことしてたんやー」
「うっ……」
「ええこと聞いた♪」


そっか。
はやてちゃんに、私は言わなくてもいいことを自分からペラペラと教えちゃったんだ。

……ば、ばかだ、私。

羞恥に顔を真っ赤に染めて私は居た堪れずに、思わずはやてちゃんに背を向ける。


「ふ〜ん。へ〜。ほ〜」
「…………」


背後で椅子から立ち上がる気配がしたあと、私のそばにやってきたはやてちゃんにポンポンっと軽く背中を叩かれた。


「何でも人のせいにするんは、感心せんなぁ」
「ごめんなさいごめんなさい」


逃げるようにはやてちゃんの部屋から出た私は、すべての原因であるフェイトちゃんの姿を探す。


フェイトちゃんがはやてちゃんの名前なんて出すから、いらない恥までかいちゃったじゃない!


すれ違う六課の人たちも、私を見て笑っているような錯覚まで感じて、更に怒りが増した頃。

目的の人物を発見。
捕まえて、人気のない場所まで連れてくる。


「フェイトちゃんがはやてちゃんの名前出すから悪いんだよっ」
「私は、今度話題の一つにしようと思っただけで、別にはやてから言われたなんて言ってないもん」
なのはが自分で思い込んでただけでしょ?


図星で言葉に詰まる私を楽しげに見ていたフェイトちゃんは、なるほど、と頷いた。


「なるほど?」
「なのは、はやてにもう全部話したんだね」
「……成り行きで」
「ほら、これ。貼られてるよ?」
「??」


口元に手を当てて、笑いを堪えながら私の背中に手を伸ばしたフェイトちゃん。


「なっっっ!?!」


その手に下げられたA4程度の大きさの紙に、はやてちゃんの文字で書かれていたのは。



『公然わいせつ罪には気をつけよう』



そういえば、はやてちゃん、あの時デスクで何やら書いていたっけ。
てっきり仕事中だと思っていたけど、最後に背中を軽く叩かれたときに……。


「や、やられた……」


私は背中にコレをぶら下げながら、六課内をウロウロしていたことになる。
すれ違う人たちが笑っているように思えたのは、本当に笑っていたのだ。

ガクリ。

肩を落とした私に、フェイトちゃんの能天気な声が遠くで聞こえる。


「公然わいせつ罪は良くないよ、なのは」
「誰のせいだとっ」



「じゃあさ、車の中だったらいいよね??今度」



私は、フェイトちゃんの両頬を手加減なしに引っ張った。





後日。


「ねー、なのはー」
「なに?」
「やっぱり、車の中でも場合によっては公然わいせつなんだって」
「…………あ、そ」


その事実を。


『誰』に

『どういう流れ』で

『どんな風』に


確認してきたのか。



私は敢えて聞かないでおこうと思う。



  完


〜まえ・うしろ 編〜で調子に乗ったイタズラ第二弾。
ありがたくもこのフェイトちゃんは『ヘンタイ』の称号を頂きました(笑)。



   




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