『  関白宣言  』




ソファーで寛ぎながら雑誌を読んでいたら。


「なのは、お話があります」


絨毯の上に正座をして畏まったフェイトちゃんがいた。


「…………」


なんだか面倒くさそうな予感もしなくはないけど、仕方がないので雑誌をテーブルに置いてから私も向かい合って正座をする。


「はあ、なんでしょう」


正面の彼女は私が態勢を整えた事に一度満足げに頷くと、緊張した面持ちで。


「このお家に私の部屋……ううん、居場所をくれてありがとう。なんだか本当に家族って感じですごく嬉しい」
「あ、うん。……どしたの、今更改まって」


先月越してきたヴィヴィオと私、そしてフェイトちゃんの三人で暮らす為の家。
フェイトちゃんは管理局内にも自室を借りているけれど、仕事が立て込んでいなければ当たり前に"ただいま"と帰ってくる日常だ。


「まぁ、今更って言われちゃうとそうかもしれないんだけど……。やっぱりけじめっていうか心構えみたいなもの?ちゃんとしたいなって思って」


とはいえ、指で頬を掻く仕草からは照れ臭さも滲み出ていて。
私もつれてどこかこそばゆい気持ちになる。

もうフェイトちゃんとは十年以上に亘るお付き合いで、阿吽の呼吸……と言えば聞こえはいいけど、流されるままと言い換える事も可能な関係と言えなくもない。
今回の同居だって「フェイトちゃんも一緒でいいよね?」「うん、いいよ」のやり取り一つで決まっちゃって。

なんか、こう……例えば、んーと、プ、プロポーズ……みたいな?イベントも全然なし。
でもそれはそれで、私たちが一緒にいることが自然な事って気がしていいと思ってる。

そこへ急にフェイトちゃんに"ちゃんとしたい"なんて言われて、気恥ずかしさが先に立ってしまうのは仕方ないよね、うん。

"ちゃんと"って具体的には……にゃはは。

なんて勝手にドキドキして目を泳がせている私に、緊張に頬を染めたフェイトちゃんが切り出した。


「な、なのはは、私にその……これだけは言っておきたい、言わなきゃいけない事とかある……かな?」
「え?私がフェイトちゃんに??……んー、どうだろ。ちょっとすぐには思いつかないけど……」
「そうなの?何でもいいんだよ?不満とか。本音をぶつけて欲しいんだ」


不満ねぇ〜……。

私は指を顎に当てて小首を傾げて見せる。
フェイトちゃんは判決を言い渡される被告人の如く喉をゴクリと鳴らした。


「もちろん小さな事は色々あるけど、フェイトちゃんには普段から言いたいことは言ってるし、特にこれといってはないかな。強いて言えば、もっと私やヴィヴィオと一緒にいる時間が増えればいいなとは思うけど。それはフェイトちゃんのせいじゃないしね」


判決    推定無罪。

私がにっこり微笑むと、体の力が抜けて正座が少し崩れてしまったフェイトちゃん。
心なしか目も潤んで見える。

ただ、正直私は内心がっかりしていた。
彼女のケジメの意図がわかってしまった。

確かに気遣いや思いやりは大切な事だけれど、それが必要以上の"遠慮"になってしまったら家族としてやっていくには切ないだろう。
だから、お互い一度きちんと全部さらけ出して話しておこう、みたいな。

そこは重要だと思う反面やっぱり肩透かしを食らった気分で、でも一人期待してたのも恥ずかしいからガッカリ感は表情に出さないように注意して。


「そういうフェイトちゃんは?こんな風に改まるくらいだから、私に何かあるんだよね?」
「あ……う、うん。そう、それね」


一度緩んだ表情を新たに引き締めると、フェイトちゃんは居住いを正した。


「もしかしたら、すごくなのはを嫌な気持ちにさせちゃうかもしれないんだけど……」
「わーっ、ナニゴト?!そんな前置きされたら結構こわいよ、フェイトちゃん」


まるでこれから糾弾されるようで、冗談っぽく返してみたけど笑いはちょっと引き攣っちゃう。

そんな私におかまいなしに彼女は上着のポケットからモソモソとメモ用紙を取り出して横目でチラッと確認して。


「まず    私が家に帰って来る日は私より先に寝ないように」
「いつもヴィヴィオと先に、二人一緒に寝ちゃってるよね?」


仕事柄、普段常時気を張っているせいだろう、家に帰ってきてくつろぎモードのフェイトちゃんは子供時間だ。
それだけ安心してくれてると思うと嬉しい。


「つ、次    私より後に起きないで欲しいの」
「昔からフェイトちゃん私より寝起き悪いじゃない」


愚図るまではいかないけど、油断すると二度寝してたりするから起こす方はちょっと大変なんだよね。


「そ、そいで    ご飯は美味しく作ってください」
「えっと、私の料理下手かな??がんばってるつもりなんだけど」
「ううん!すごく上手だよっ」


じゃあ、言わなくても良くない?
自分で言っておいて否定するとはこれ如何に。

私は思わず苦笑する。
これらの会話から心当たりが一つ思い浮かんだ。

あー、なるほど。これは、アレか。


要するに    パクリ。


まぁ、メモを見た時点で怪しーなぁとは思ったよ。
基本的に記憶力抜群な彼女がメモなんか見なきゃいけないなんて、自分の性分に合ってない無理をしている証拠。


「じゃあ、最後ね    身だしなみには気をつけて綺麗ななのはでお願いします」
「フェイトちゃんから見て見苦しい?自分ではそーゆーのあんまり分かんなくて」
「全然!!なのははいつも可愛くてキレイだもん!だから私、ちょっと色々心配で……」
「…………」


いや、だからね。だったら言わなくても(ry

もう、語尾だってどんどん丁寧になっちゃってるし。


「も、も、もちろん、出来る範囲で構わないんだよ?無理して欲しいとかそんなのは」
「おっけ、わかった。じゃあ、なるべく気をつけるようにするね。それでいい?」
「うん、ありがとう」


私が少し強引に話を〆ると、言いたい事は言いきったのかフェイトちゃんは安堵の表情でリビングを後にする。

けれど、ようやく落ち着いて思考出来るようになったのか、彼女のその後ろ姿からは釈然とせずに首を捻る様子が見て取れた。

それにしても、影響受けるモノもっと他にないかなぁ。
肝心なとこで少し残念なんだよね、フェイトちゃんは……。


ま、しばらく様子見かな。

……ちょっと面白いし。





翌日の仕事上がり、私は八神家にちょっと寄り道。


「ヴィータおっかえり〜、んで、いらっしゃいなのはちゃん」


玄関先で笑顔で迎えてくれたはやてちゃんとリィン。

笑顔のはやてちゃんは私たちを見た途端、不思議そうに小首を傾げた。


「どーしてお二人さん、バリアジャケットなん?帰り道で何かあったん?」
「いっけない。解除するの忘れてた」
「……何かっつーかさぁ……何もなくて良かったぜ、ホント」


はやてちゃんに指摘されて、いそいそとレイジングハートにバリアジャケットの解除をお願いする。
ヴィータちゃんもこれみよがしに大きな溜息をついてから、局の制服姿に戻った。


「あー、ヴィータちゃんかわいくない。せっかく車で送ってあげたのに」
「頼んでねぇしっ!レールウェイで帰るって言ってんのに、無理やりお前の車に拉致られたんだ!」
「だって、まだ夜の運転一人じゃ自信ないんだもん」
「だからって、乗り込む直前に運転手にバリアジャケット姿になられてみろ。生きた心地しねーぞっ」
「……にゃはは」


ほら、バリアジャケットならもしも例えば万が一、事故っても安全かなー、なんて。


「まぁまぁ、大体事情は察したわ。無事でなによりって事で、なのはちゃん、お茶くらいいける?」
「うん、いただきます」


私がお招きを受けてスリッパに履き替えていると、リビングに戻りかけていたはやてちゃんが振り向いて言った。


「そや。先に言うとくけど、こっからなのはちゃん家まではお一人様でよろしくな」
「………………けち」



夕飯前だから、本当に軽めのお茶タイム。
お茶受けのクッキーをポリポリ齧りつつ、昨日の出来事もお茶受けの話題に。


「なんでそこで"さだまさし"なんかなー」


苦笑交じりのはやてちゃんに、私もまったくだ、と頷いて小さくため息。


「多分ね、先月海鳴りのお家に行ってた時にどっかで耳にしたんだと思うんだけどね」
「確かに昔から六月近くなるとジューンブライドに引っかけて、どっかしらで聴いたなぁ」
「うん。古い歌だから良くは知らないけど、ちょっと変わってて印象に残ってる」


私の頭の中に例の曲が自然と流れて、懐かしさに目を細めた。
はやてちゃんに至っては、軽く鼻歌交じりだ。


「っつか、全然意味わかんね」
「リィンもですぅ」


つまらなそうにソファーに背を預けるヴィータちゃんの隣で、キョトンと首を傾げている小さなリィン。


「ごめんごめん。二人は知らないかな?」
「そーやね。リィンは当然、ヴィータもシャマルと違うてそーゆーの興味なさそうやったしね」


そう前置きしてはやてちゃんが二人に得意げに説明を始めた。


「結構前なんやけどな、日本の結婚ソングで流行ったんよ。旦那が奥さんに結婚生活を送るにあたって"オレは亭主関白になる"言うて、アレしろコレしろ要求すんねん」
「旦那ヤな奴じゃん。そんな内容で何で流行るんだよ」
「それがな、一見上から目線でエラそうなんやけど、ちゃんと聴くと二人で幸せになろうねってゆうユーモアセンス溢れた名曲なんや」


ヴィータちゃんもリィンもはやてちゃんの説明にふーん、へー、みたいな顔はしてるけど、やっぱりピンと来ないのは仕方ないかな。


「で、テスタロッサが感化されて真似してるわけか」
「そ。しかも何のアレンジもなくそのまま過ぎてビックリするくらい」
「フェイトちゃん、仕事から離れるとわかりやすいもんなぁ。……そのうち壺とか買わされるんちゃうか?」
「流石にそれはないと思うけど」


はやてちゃんの悪い冗談に苦笑してみせたけど、内心ほんの少し不安になった。
最近、フェイトちゃんテレビの通販コーナー、食い入るように観てることあるんだよね……。


「でもなのはちゃんはそんなフェイトちゃんも好きなんやろ?」
「そうだね。キライじゃないかな」


私がそう微笑むと、今度ははやてちゃんが、あー、はいはい、と苦笑して。
ヴィータちゃんとリィンは、やっぱり良く分からなくて不思議そうな顔をしていただけだった。



そして、帰りの車内BGMは例の曲がエンドレス。

帰りがけにはやてちゃんが『お土産』と言って曲のデータをくれたのだ。
いつの間に用意したのか、仕事が早くて思わず感心。

最初は一回だけのつもりで流したんだけど、運転に集中しちゃって曲が耳に入って来なくて、もう一回、もう一回、と繰り返していたら。
結局、我が家に到着するまでエンドレス再生になってしまった。

おかげで今まで知らなかった部分も全部、フルコーラスで鑑賞出来たわけだけど。

なんていうか……『面白くてちょっと良い歌』って私の持ってたイメージ以上に、素敵な曲だった。
ずっと廃れない理由も、彼女が気に入った訳もわかった気がする。





私が帰宅するのを待って、フェイトちゃんとヴィヴィオが夕飯のセッティングを始めたので、急いで着替えてからキッチンにお手伝いに参上した。


「じゃあ、ヴィヴィオ、お皿先に持って行ってくれる?」
「はーい」


フェイトちゃんの指示に従って、ヴィヴィオが三人分の取り皿、スプーン等を慣れた手つきでリビングのテーブルに並べているのを微笑ましく眺めていたら。


「冷蔵庫にサラダがあるから」


ああ、そうそう。お手伝い、お手伝い。

冷蔵庫を開けながら不意に口ずさみそうになったのは、気付くと頭の中に流れている車内BGM。

あれだけ繰り返し聴いちゃったら、暫くは仕方ないかもね。

苦笑しつつ、冷蔵庫の中段から大皿に盛りつけてたサラダをテーブルに移して掛けてあったラップを剥ぎ取る。
もう一度冷蔵庫に向き直ってドレッシングを探していたら、ふと、ちょっとしたイタズラを思いついた。


「ねぇ、フェイトちゃん」
「なぁに?」
「ドレッシングは中華でいい?」
「うん、なのはの好きなのでいいよ」
「りょーかい。それでね、フェイトちゃん」
「ん?」
「フェイトちゃんは浮気するの?」


ガチャガチャガチャ!!


「??!!う、浮気???」


あーあ。
洗い物、散らかしちゃって……。


半分腰砕けになってシンクにしがみついてるフェイトちゃんを横目に、私は流れ続けている水を止めるべくレバーを上げる。
エコね、エコ。


「し、しない、しないよっっ!!ななななに、突然っ、いきなりっっ」
「絶対?」
「するわけないじゃないっ。考えた事もないよ」
「ふ〜ん。……ま、でも、ちょっと覚悟はしておくね」
「だから、しないってばもぅ……」


私がにっこり微笑むと、呆れたように呟いてから私の手を除け水栓のレバーを下げて再び洗い物に取り掛かった。

うーん。
この調子じゃフェイトちゃんは自分が振ったネタだってこと、全然気付いてないなぁ。

あの歌の歌詞で"浮気はしない!"って断言した後すぐ、"たぶんしない""しないんじゃないかな?""覚悟はしておけ"ってどんどん弱気になってくとこに引っかけてみたんだけど。





「あ、なのは。出た?」


私がシャワーを終えてリビングに戻ると、待ってましたとばかりにフェイトちゃんがソファーから立ち上がる。


「じゃあ、私、先に寝るね」
「え?もう?疲れてるの?」


時計はまだそんなに遅い時間を示してはいないし、ヴィヴィオだって自分の部屋で宿題を片付けているだけで、まだ眠りに落ちてはいないはず。
単に疲れていて早く寝たいだけなのかもしれないけど、まるで私を避けるようにいなくなろうとするから、思わず引きとめてしまった。


「ううん、そうじゃなくて」
「なら、いいじゃない。少し二人でのんびりしようよ」
「う……ん。でも、私が寝ないとなのはが寝られないでしょう?」
「…………は?」


フェイトちゃんの発言に怪訝な顔で固まること数秒。

……。
…………。
あぁっ!あの約束ね……私がフェイトちゃんより先に寝ないっていうアレ。

だからって、先に就寝するように私に気を遣っちゃうのは、違うっていうか……。
いや、もう、そうなると完全に本来の主旨とはかけ離れて    企画倒れ、みたいな。


「あーー……あのね、フェイトちゃん。座って、座って」


彼女の企画がポシャった事を告げる為に、フェイトちゃんを再びソファーへと引き戻し。


「そんなに"関白宣言"したい?」
「?!!な、なななななななんの事??」


…………この人、本当に仕事中とか大丈夫なのだろうか。

と、心配になってしまうくらい、見事な動揺を見せるエリート執務官様。


でもきっと。

この場にもしはやてちゃんが居合わせたら、意地悪に笑ってまた同じ言葉を口にして。
私もまた同じ返事をするだろう。


"でも、そんなフェイトちゃんも好きなんやろ?"
"そうだね、嫌いじゃないよ"


『嫌いじゃない』    随分余裕綽々な言い草だと自分でも思ってる。
本当の想いを上手に隠してみせられるくらいは、大人になったって言えるのかな。

だけど、私の隣でソワソワと落ち着きのないフェイトちゃんには、ずっとこのままでいて欲しい、なんてダブルスタンダードかもね。


「もう……誤魔化さなくていいから。歌の真似っこでしょ?フェイトちゃん、あからさまなんだもん」
「う……」
「気持ちはわからないでもないけど、形から入って似合わない事しても意味ないと思わない?重要なのはそこじゃないでしょ」
「……う……えと……はい、ごめんなさい」


すっかり肩を落として意気消沈してるのを見てたら少し可哀想になってきて、思わず頭を撫でる。


「私、普段から出張とか留守が多くて、ヴィヴィオの事も他にも色々なのはに頼ってて負担かけてるから。家族をちゃんと守れるようなしっかりした存在にならなきゃって……」
「ねぇ、そういうの止めよう?だって私負担だなんて」
「ダメだよっ。幸せは二人で育てるもので片方が苦労するものじゃないんだよ!」
「…………」


わかった、わかったから。
もういい加減、その歌から離れようよフェイトちゃん……。

頭を撫でていた手を引きつつ心の中でぼやいてみたけど、拳を握って力説している彼女には届かないだろう。

んー、しょうがないなぁ。


「じゃあ、とりあえずまとめるよ」
「ま、まとめ??」
「うん。まず私がすべき事として    フェイトちゃんより先に寝ない、フェイトちゃんより遅く起きない、美味しいご飯を作る、身だしなみに気をつける」
……くらい?


一つ一つ指を折りながらフェイトちゃんに確認をとった。
すると、バツが悪いのか視線を泳がせて居心地悪そうにしてる。
自分で言いだしたくせに、もぅ。


「それでフェイトちゃん側は    えーと、なんだっけ」
「私、私は……二人を辛かったり悲しかったり苦しかったり、そういうのから出来るだけ遠ざけてあげられるよう努力したい」


誠心誠意、間違いなく本心からのフェイトちゃんの言葉は、すごく嬉しくて有難いものだけど。


「……なんか私と比べると漠然としてない?」
「う、うん。そう言われちゃうとそうなんだけど……。だって、なのはに訊いても特になさそうな口ぶりだったし」


彼女としても何をどうしてよいのやら、と具体的な案が出なかった為、出来る限り私に協力する事にしたらしい。


「元々、前提に無理があったもんねぇ」
「…………だからごめんってば」
「じゃあ、そうだね……うん。    フェイトちゃんは、私が運転する時は自ら進んで助手席に乗ること!」
「えっ……それでいいの??」
「出来る限り都合つけて付き合ってよね?」
「うん、もちろん」


拍子抜けした顔でソファーに凭れるフェイトちゃんに、私は人差し指をビシッと突きつける。


「それだけじゃないよ〜。次はとっても大事ですごく重要で、かなーり大切なことです」


わざともったいぶって仰々しい口調で詰め寄ると、再びフェイトちゃんの背筋が伸びて揃えた膝にも力が入った。


「ココ!」


フェイトちゃんに突きつけた人差し指の角度を下方修正して、悔しいけど私より存在感のあるその胸にロックオン。

すると、まるではやてちゃんにセクハラされた時みたいに、慌てて両腕を交差してフェイトちゃんは胸を隠した。
やや染めた頬がまたそれっぽい。


「な、なに?!」
「やだなぁ、ヘンな意味じゃないってば」


私は手を指差しから軽い握り拳へと変えた後、裏に返してポンポンと二回、フェイトちゃんの胸をノックする。


「ここね、ここ」
「??」
「この場所は必ず私の為に空けておくこと」


意味が分からず紅い瞳は戸惑っているけれど、条件反射的に上がった両腕はゆっくり降ろされて。


「…………私が思いっきり声あげて泣ける場所、ここ、しかないの」


良い歳して子供じみた要求だと分かってる。
恥ずかしくて大げさな前振りしちゃったけど……やっぱり、声は少し小さめで。

子供の頃、一番小さい私が家族の為に唯一出来る事は笑う事だった。
私が泣いたり寂しそうにしてると皆に心配かけるから、笑ってた。笑ってみせた。

でも本当は、役に立たない足手まといな自分に、笑う事しか出来ない自分に、悔しくて大声で泣きたくて仕方なくて    よく海に向かって波の音に紛れるように独り号泣して誤魔化したり。

そんなジレンマを抱えながら、大人になった今でもフェイトちゃんの前でだけしか自分を曝け出せなくて。


「そんなの、言われなくてもずっとなのは専用だよ?」


ようやくいつも通りの柔らかい表情が戻ったフェイトちゃんは、優しく私をその胸に包み込む。

私は心地よさに瞳を閉じた。


「さぁ、どうぞ」
「あはは、いきなり言われても流石に泣けないなぁ」
「残念。なのはの泣き顔、すごく可愛いのに」
「うわ、フェイトちゃん悪趣味。……泣きたくはならないけど、とっても気持ちよくて……あー、そーだ。温泉?そう、温泉浸かってるみたいな気分」
「温泉って……」


私のムードの欠片もない発言に、頬を寄せた胸からフェイトちゃんの微苦笑が伝わってくる。


「ねぇ、なのは」
「んー?」
「今ね、私すごく実感してる。幸せを二人で育ててるなーって」
「……だね。今まで通りの私たちでいいのかも」
「でも、もうちょっとなのはとヴィヴィオの為にステップアップしたかったんだけどな」
「肩肘張って頑張っても、疲れて倒れちゃうよ?」
これから……長い長い時間、ずーーーーっと一緒なんだからね。


暖かさと心地よさですっかり眠気に襲われ、徐々に体の力が抜けていく私とは逆に、回されたフェイトちゃんの腕の力はギュッと強くなって。

眠りに落ちる間際、聴こえてきたフェイトちゃんのご機嫌な鼻歌はもちろん    

……ちなみに、あんまり夢見は良くなかった。





   完


元ネタの歌ですが、今年の5月、6月にやけに音楽番組とかで耳にする機会があって、フルコーラスで聴いたら予想以上に歌詞が良かったの!
でも、このネタが果たして平成生まれに通用するのか疑問だったので放置しておいたんだけど(笑)。
分からない良い子のみんなははグーグル先生に訊こう!





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