『  倦怠期……?  』




フェイトちゃんが一月ぶりにミッドチルダに戻ってきた。

どうやら今月いっぱいはこれまでの任務の事後処理と、これからの任務の下準備のためミッドにいることが確定らしい。
まだ正式に一緒に暮らしているわけではないけれど、私とヴィヴィオが住むこの家にフェイトちゃんの部屋もある。
ただ、勤務時間が不規則なフェイトちゃんは、私たちに気兼ねして未だに本局の寮に部屋を借りているので、ミッドにいるからといって必ずこの家に帰ってくるわけではないのは“高町なのはの日常の不満 ベスト3”だ。

けど今日は、そんな不満を思い出す必要はない一日だった。

フェイトちゃんは怪我もなく元気にココに帰ってきて、私たちが笑顔で迎えてフェイトちゃんもすごく嬉しそうで。
ヴィヴィオの目を盗んでお帰りなさいのキスもした。
ヴィヴィオとフェイトちゃんがお風呂に入っている間に夕飯の支度。
久しぶりに三人でテーブルを囲むと自分の作った料理がいつもの数倍美味しく感じられる。

食後の一服でミルクティーを楽しんでから、ヴィヴィオは就寝の挨拶をして部屋に戻り、私だけまだ済ませていなかったシャワーを浴びるため、パジャマ片手にバスルームへ向かう。


「じゃあなのは、私先に休んでるね」
「うん」


シャワーを頭から浴びながら、フェイトちゃんと交わした言葉を思い返す。
多分、『先にベッドで待ってる』というフェイトちゃんからのお誘いだろう。
にゃはは。

一か月という期間が長いか短いかは人によりけりだろうけど、私にとっては十分長い。
一か月ぶりに味わうこれからの二人の時間を思うと……。


「♪♪〜〜?♪〜〜」


……いけない。
無意識に鼻歌なんて。

浮かれすぎている自分に思わず苦笑する。
これじゃまるでソレばっかり考えている人みたい。

私は逸る気持ちを宥めるように、なるべく時間をかけてシャワーを浴びた。




    まぁ、なんとなーく」
そーいう予感、してたんだよね。


Zzzz    ……

私は力なく笑って、とても気持ち良さそうに寝息を立ているフェイトちゃんの頬を指で突く。
それでもまったく目を覚ます気配はない。
髪を乾かし終えてから、フェイトちゃんの部屋のドアを軽くノックしても返事がなかった。
ソッとドアを開けると、電気も消えていてそのベッドには……熟睡中のフェイトちゃん。

お仕事で疲れてるんだし、仕方ないか。

このままフェイトちゃんのベッドに一緒に潜り込んでしまおうかとも思ったけれど、そうすると私の睡眠に支障が出ることが安易に予測できたので、素直に自分の部屋に戻るとしよう。


「お疲れ様、フェイトちゃん」


私は天使のような寝顔のその頬へ、優しいキスを一つ落とした。




    なんて。
そんな余裕も一週間が過ぎる頃には、跡形もなく吹き飛んでしまっていた。

だってあれからずっとフェイトちゃんとは何もない。
大事な事だからもう一度    何も、ない。

挨拶程度のキスは交わすけど、それ以上を求められる事もなく、今日に至っては明日の朝早いから、と夕飯を食べた後、寮の部屋に戻ってしまう始末。


「私、何かしちゃったかなぁ……」


両腕を組んで心当たりを探ってみても特に思い当たる節もなし。
それにフェイトちゃんの態度からも私を避けてるような感じは受けず、いつもと変わらぬ優しさと愛情溢れる彼女。

ただ、そこからすっぽりと『そーゆーこと』が抜け落ちてしまっただけ。

いや、そりゃあね。
私だって、別にフェイトちゃんとエッチすることばっかり考えてるわけじゃないしね。

……わけじゃないけども!

そう悠長な事言ってられない現実もある。
だって、フェイトちゃん、来月にはまたミッドからいなくなっちゃうんだもん。
それはマズイ、うん。マズイよ。



『で、こんな時間に叩き起こすんやから、どんな緊急の用件かと思ったら、フェイトちゃんがぁふぁんふぁって??』


モニター越しのはやてちゃんは、まさに寝起きと言った感じで、大あくび。
最後の方はあくびに紛れて何を言っているのか良くわからない。


「ごめんね。だって、はやてちゃんしか相談出来る人思いつかなくて」
『やからって、ちょっとは時間ってもんをなぁ。ただ今、えー……午前二時二十分、か。草木も眠る丑三つ時なんやから八神さんも眠らして』
「なんか気になったら眠れなくなっちゃったんだもん」
『そんで、フェイトちゃんが何やて?ケンカでもしたん?どーせ犬も喰わんっちゅーヤツやろ。ふぁ〜……』


はやてちゃんの二度目のあくびと決めつけに私はフルフルと横に首を振って見せる。


「ケンカはしてないよ。気まずくも……ないかな」
『じゃあ、何なん。もったいぶらずに早う頼むわ』


はやてちゃんがモニターの向こうで更にダラけたポーズで急かす。

確かに真夜中に付き合わせてしまった手前もあるし、ここは事実をごく簡潔に述べることにしよう。


「一週間以上フェイトちゃんがエッチをしてきません」
『…………』
「今までそ『アルフとザフィーラに喰われてしまえ』


プツッ    

あ、ひどい。
私の言葉の途中ではやてちゃんは一言残して通信を切ってしまった。
しかも、既に着信拒否設定に変更までして。


「アルフさん達は犬じゃないよーだ」


ちぇ〜、と負け惜しみにモニター画面に呟いてみたけれど、当然その返事は返ってこない。

仕方ない。
こうなったら本人に直接聞いてみるしかないよね。

でもどうやって切り出そう。




翌日、寝る前に一人、ベッドに腰掛け作戦を練る。

【他に好きな人出来たの?】
うーん……自分で言うのもなんだけど、フェイトちゃんに限ってそれはないような気がする。
ってゆうか、あったら困る。

【どこか身体の具合でも悪いの?】
これは有り得る。ケガを隠しているとか。
でも、ヴィヴィオとお風呂入ったりしても平気だし、フェイトちゃんの行動を見る限り、私のセンサーも働かないから……ん?身体……??

【私のカラダに飽きちゃったの?】
えええええーーー!ちょっ、これは……ない……とはいえない気もする……。
やっぱりフェイトちゃんがいない間にエステとか行くべきだった?!


「なのは?」


フェイトちゃんに久しぶりに会っても胸が大きくなってないなんて、残念に思われちゃったりしてたの?! 


「別に胸の大きさは気にしないけど」
「あ、なんだ。良かっ……フェ、フェイトちゃんっ!!」
「はい」


いつの間にか部屋の入り口に困った顔をした制服姿のフェイトちゃんがいた。
何故?今日は寮の方に帰るって言ってたくせに。


「……聞いてた?」
「うん、聞こえた。……ええと、入っていい?」


私は肯く代わりにベッドに座ったまま横にずれて、彼女の場所を空ける。

わー、すっごく恥ずかしい……。
こんなことならいっそ、単刀直入に聞いた方が良かったよぅ。


「なのは、私ね、公判前の追い込みで、明日からしばらくこっちに帰って来れないと思うの」
「しばらくって……どれくらい?」
「多分、十日間くらいかな」
「……」


そうすると、フェイトちゃんと一緒に過ごせるのは実質……。


「だからその前にはっきり聞いておきたいことがあったんだけど、もういいみたい」
「もういい?」
「んーと、なのははその……私に触れられるのってイヤだったんじゃないかな、って心配だったんだ」


……は?
それはこっちのセリフだよ、フェイトちゃん。

思いもよらない話に、私は一瞬言葉を忘れた。


「……どうして?どうしてそんな」
「あのね」


それからフェイトちゃんが恥ずかしそうに頬をポリポリ掻きながら語った内容が、ちょっとそれはないよ、というもので。

フェイトちゃん曰く、この間の任務中に、空き時間の暇つぶしで手に取った大衆誌の記事が原因とのこと。
その記事は夫婦の本音というテーマで、奥さん側の意見として大半を占めたのが『仕事家事子育てで疲れているのに正直、夫の夜の相手までしたくない』というものだったらしい。


「それじゃ私たち、まるで倦怠期の夫婦みたいじゃない……」


脱力感に襲われて、ガクリとフェイトちゃんの肩に凭れる。
それを優しく受け止めてくれた彼女は、少々不満顔だ。


「いつも大抵、誘うのは私からだし」
「うっ……だって、恥ずかしいもん」
「キス以上の事しようとすると、絶対最初は『イヤ』って言うし」
「それは何て言うか、お約束って言うか……」
「『したい』なら『したい』ってなのはからも言ってくれないと」
「だーかーらっ、察してっ!!そーゆーのはっっ!!」


もぅ、空気読んでよ……。
私は赤くなった顔を隠すようにフェイトちゃんの肩に額を押し当て、その制服の裾を掴む。

そりゃあね、フェイトちゃんの言い分も分かるけど。
そこはほら、恥じらいってものが……。


「そうは言っても、やっぱりちょっと不安だった。なのは優しいから、嫌なのに我慢させてたらどうしようとか」
「フェイトちゃん……」
「私はそういう事しなくても、なのはへの想いは変わらないから。だから、なのはから意思表示があるまではって思ったの」
逆に混乱させちゃったみたいで、ごめんね。


フェイトちゃんはさっきの私の独り言を思い出してか、口元に手を当ててクスクス笑っている。

もう、笑い事じゃないよ、本当に。

私はフェイトちゃんのその態度にちょっとだけカチンと来たけれど、彼女の言うとおり、受身ばかりの私にだって非はあるのだから仕方ない。

そうだ。
元々、この人は“空気を読む”ことが致命的に下手だったっけ。

私は、笑っているフェイトちゃんの顔を両手で挟んで強引に自分の元へ寄せる。


「なのは?」
「いい、フェイトちゃん。良く聞いてね?」
「う、うん。……あの、顔、すごく近いよ?」


当り前だよ、わざとだもん。
これからすごく恥ずかしい事を伝えるための、気合いを込めた至近距離。


「私に触れていいのはフェイトちゃんだけなの。フェイトちゃんはいつだって私に触れていいんだよ。許可なんかなくてもね」
「…………」
「私はいつだってフェイトちゃんに触れて欲しいよ。……今だって、ずっと我慢してるんだから」


それから私が静かに瞼を閉じると、直後、唇に甘く柔らかな感触。

うん、合格。
ちゃんと空気読めたね。

今なら私も言える。いや、言わなきゃ。
そのための気合いだ。


「ね、フェイトちゃん……えっちなこと、しよ?」


そして、私の全力全開のお誘いを。


「あ、ごめん。私、これからまた仕事に戻らなくちゃいけなくて」


今度ね、なんてヘラっとした顔であっさり断ってくれたKY。


「…………んかないよ」
「え?なに??」
「今度なんかないっ!!バカーーっ!!」


私が叫んだこの瞬間。
めでたく私とフェイトちゃんは、初めての倦怠期に突入したのでした    



   完


2010.6.20のリリマジにて配布したペーパーより。
一番のとばっちりは叩き起こされたはやてちゃんだと思います(笑)。





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