奇跡  〜 キミとの軌跡 〜



     プロローグ


ザワザワと、夕方の買い物客で溢れた市場。

特に買わなければいけないものはなかったけれど、なんとなく市場の活気に誘われるように時々立ち止まっては、商品を手に吟味してみる。
こんな不安定な情勢の中でも、人は生きるために日々精一杯、懸命に過ごしている。
それを肌で感じられる市場は、フェイトの好きな場所のひとつで、用がなくても立ち寄ることが多かった。

あれ?あの子……。

フェイトの視界の片隅にとまったのは。
ぬいぐるみを片手に抱いたまだ年端もいかない女の子。
人波にのまれないように、壁際に立って不安げに視線をせわしなく動かし続けていた。


「どうしたの?ママとはぐれちゃったかな?」


膝を折って少女と目線の高さを合わせながら、微笑みかける。
すると、左右色の違う少女の瞳にはみるみる涙が溜まってきて、しゃくりあげながらかろうじてコクンと頷いた。


「そっか。それじゃ、お姉ちゃんと一緒にママを探そ……」


その瞬間。


パンッ!パンパンッ!


空に響く乾いた銃声と共に、市場は悲鳴と逃げ出そうとする人々で混乱に陥った。

フェイトが少女を庇いながら騒ぎの元へ視線をやると。
そこには、柄の悪い男たちが四〜五人、連射式の銃を肩にかけニヤニヤと何かを物色しながら歩いているのが見えた。

……マズイ。

男達に見覚えのあったフェイトは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
あの面子は反政府組織を謳っているものの、やっていることは殺人、強盗、強姦、などただの重犯罪者。
最近、目に余るようになってきて、軍の内部でも問題視されていた。

見つかると面倒だ。

人差し指を一本口元に立てて、少女に喋らないよう合図を送って、そっとこの場を離れようと  


「おっ、あんな所に政府の犬がいやがるぜっ!」
「おーおー。女のクセに勇ましいこって!」


フェイトは小さく舌打ちをすると、声の方へと鋭い眼差しを向けた。
その男達と自分の間にいた人々は誰かに指示をされたかのように、脇へと身をずらし、まるで即席の一本道が出来上がったかのようだった。


「軍人さんはさぁ、戦争に行ってオレたちのために戦ってくれなきゃだめだろ」


今のフェイトの装いは、黒を基調にしたこの国の軍の制服。軍人であることは一目瞭然だ。
そして、その上着の端を震える手で掴んでいる少女。

フェイトは思案する。
自分とこの少女以外の人間は関わり合いになるのを避けるように距離を置いて遠巻きに見ているこの状況。
きっと、男達にこの子は関係ない、と言ったところで聞き入れてくれるとも思えない。
だからといって、巻き添えにするなんてもってのほかだ。

と、なると。

未だ涙の乾かぬ瞳で自分を見上げてくる少女だけに聞こえるように小さく囁く。


「いい?私が『せーの』って言ったら、人がいっぱいいる方へ思いっきり走るんだよ?振り返っちゃダメだよ。キミの名前は?」
「……ヴィヴィオ」
「うん。いい名前だね。ヴィヴィオ、わかった?」
「……ん」
「よし、いい子だ」


男達はチャラチャラと玩具の様に銃をならしながら、フェイトたちに近づいてくる。


「なぁ、軍人さん。こんな所で油売ってるんだったら、一緒に楽しいことして遊ぼうぜ」


下卑た笑いを浮かべる男達に、わかりました、と了解の意を示しつつ。


「とりあえず、ここだと目立ち過ぎるので、場所を変えませんか?」


「なんだよ、素直すぎて気持ち悪ぃなぁ」
「……騒ぎを起こしたくないだけですよ」


そう言って、二、三歩歩きかけたところで、肩越しに少女を振り返る。


「ヴィヴィオ。せーのっ!!」


ダッッ!

約束どおり、フェイトの掛け声とともに、ヴィヴィオが群衆に向かって走り出す。


「なっ!クソガキ!」


支配下に置いたと思った人間に予想外の行動をされ、男達の中の一人が苛立ちで銃を構えてヴィヴィオに照準を合わせたのをフェイトは確認する。

くっ!
まさか、この程度で発砲しようとするとは。
不覚にも男達の知能レベルはフェイトの予想よりかなり下回っていたようだ。

間に合わない。

そう判断した瞬間、ヴィヴィオと男の間に体を投げ出した。


パン!パンッ!


ドサッ。


「キャーー!」


フェイトの耳には、人々の悲鳴と逃げ惑う足音が響いて。
左胸が焼けるように熱い。


  ああ、ドジ、踏んじゃったなぁ。

あの子……ヴィヴィオ……無事だと、いいけど。



……夕飯、一緒に食べる約束、守れなくてごめん。

私がいなくなっても、強いから、平気……だよね?


……ううん、違うね。本当は……強がってるだけで……甘えん坊で……。


いけ……ない……。
だんだん、意識が……。


あいしてたよ……どうか、泣かないで……しんぱい……しあわせに……わらって……。




    ……ねぇ、ナノハ




プロローグ・了

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