第一話 キミと出逢う
〜 フェイト 〜
……ナノハ。
意識がなくなる直前、私の頭の中を占めていたのは図らずも置いていくことになってしまった大切な人のこと。
不思議だね。
自分が死ぬのは全然怖くないんだ。
でも、ただ一つ、心残りで気がかりなのは、ナノハのこれから。
私が死んで、日々、泣き暮らすようなことはしないで欲しい。
私はナノハの笑顔が何よりも大好きだったから。
心からの笑顔を向けられる誰かを、愛してくれる誰かを、早く見つけて。
周りの事ばかりで自分の事は後回しにして、すぐ無理をするから。
……本当は、私がずっとナノハのことを守ってあげるつもりだったんだけれどね。
絶対に、ナノハには幸せになって欲しいの。
私は、ナノハのことが好きで、好きで……どうしようもないくらい大好きなんだ。
だから、私がいなくなったあと、ちゃんと笑えていられるか心配で堪らないよ……。
そして、真っ暗闇にのまれ時間の感覚も何もなくなった後。
突然、まぶしい光に包まれて、気がついたら、見たこともない部屋の中で立っていた。
……ここは、どこ?
キョロキョロと見回した部屋の中は、死後の世界にしては、なんていうか、俗っぽい、というか。
いや、死後の世界がどんなモノかもちろん知らないのだけど。
本棚があったり、カーテンがピンクだったり……普通の女の子の部屋っていう感じで。
そして、さして広くない部屋に置かれたベッドに、人が寝ていることに気づく。
とりあえず様子を探るため、忍び足でベッドに近づいてみることにした。
体を動かしてみて、いやに軽く感じることに少し違和感を覚えたけれど、今はそれよりも。
そっと、寝ている人物の顔をのぞいて、私は出そうになる声を、あわてて手で止める。
ナノハ……?いや……。
スヤスヤと、安らかな寝息をたてて眠るその人は、もう逢えないと思っていた私の大切な人に瓜二つ。
しかし、とても似ているけど、やっぱり違う、かな。
ナノハより、寝顔が少し幼いし、髪も短い気がする。
でも、やはり完全な他人とは思えなくて、愛おしさのあまり髪を撫でようとしたら。
スッ。
「!!」
私の手は、髪どころか、何にも触れることなくその人の体を通り抜けてしまう。
試しに、枕元に置いてあった時計を持ち上げてみようと手を伸ばしたが、やはり何も掴むことは出来なかった。
「やっぱり、私、もう……」
先ほどからやけに軽い体、何も触れることが出来ない手。
きっと、死んでるんだ。
いわゆる幽霊、というやつなのだろうか。
あまり、神様だとか霊だとか信じていなかったけど、他に今の状況を当てはめられる言葉を知らない。
それはそうと。
ココはどこで、この人は誰で、どうして私はココにいるのか。
何か手がかりはないか、と、部屋の中を物色してみる。
といっても、触れることは出来ないので、表面上のみだけれど。
本棚に並んだ本は背表紙の文字からすると、まったく見覚えのない異国のモノ。
他に私の知っているラジオが数倍複雑になったような電化製品や、よくわからないスイッチがいくつかついている箱型の機械など、見たことがないモノが多く、かなり技術的に進んだ国だということがわかる。
ふと、壁にかかっているカレンダーに目を留める。
どうやら数字は共通のようだ。
「…………」
まさか、ね。
そのカレンダーの数字を見て、あり得ないことが思い浮かんだけど、だいたい、カレンダーの数字の意味が私のところと同じかどうかすら、わからないのだ。
他には……。
部屋の外も見てみようと、ドアの前まで進んで躊躇する。
ドアを……開けられない。
ドアノブが触れないのだ。
あれ?それなら。
思い切ってドアに体当たりするように目を瞑って向かっていくと、予想通り、ドアの向こう側にいとも簡単に移動できた。
でも、なんかヘンな感じだなぁ。
あまり気持ちのいいものではないけど、仕方ない。
そのまま廊下を進もうとして、すぐに、何か見えない壁があるかのように先に進めなくなった。
「???」
力いっぱい前進しようとしても、一歩も前に進まない。
はぁ……。仕方ない。
部屋へと戻ってベッドに腰掛けると、改めて、まだ気持ち良さそうに寝ている少女を暫くの間見つめていた。
やっぱり……この子……ナノハだ。
私の直感、というか、感覚的な部分が、感じ取ったこと。
今の私が精神体のようなものだからなのか。根拠もないのにふと、そう確信した。
いや正しくは、私の知っているナノハ本人ではなく、根っこの部分……本質的なところが同じ、というか。
流石に、感覚的なことなので、自分でも納得できる説明は思いつかないけれど。
この、まったく心当たりのない場所に私がいる理由は、きっと……この子。
果たして彼女は私が見えるのか。
言葉は通じるのか。
ナノハとはどんな繋がりがあるのか。
私は何をしたらいいのか。
期待と不安が入り混じった思いで、目覚めのそのときを待つ。
そして。
pipipipipipipi ……
枕もとの時計が大きな音をたて、寝ていた彼女が目を覚ます。
『フェイトちゃん』
彼女の口から呼ばれる名前に、まるで本当のナノハに呼ばれているような錯覚を起こしつつ、ナノハ本人ではないことを実感する。
助かることに、彼女には私の姿も声も届いてくれて、驚いていたようだけど拒否されるようなことにはならずにすんだ。
「私、学校行ってくるね」
「……あ、うん」
まだちょっとゴキブリ、と言われたことが尾を引きずっている私に、申し訳なさそうに微笑んだ彼女の表情が少し大人びて見えて。
一瞬、ナノハとだぶってしまう。
彼女が仕度をするために部屋を出て行くと、すぐに私も引かれる様に自然と体が動き出した。
足を動かさなくても、滑るように移動する。もちろん、壁があっても関係ない。
ああ、わかった。
さっき色々探索しているときに、ある程度の位置からまったく進めなくなったのも、今、意思に関係なく移動しているのも、恐らく。
私は彼女と離れられないようになっているらしい。
仕方がないので、少しだけ距離をとって彼女についてまわる。
学校に行けることや、家族で朝食の食卓を囲む様子をみる限り、彼女の暮らしはとても平穏そうに見えて、私は安心した。
私の知るナノハではないとわかっていても、やはり、幸せに笑っていて欲しかったから。
だって、キミとの出会いは決して偶然なんかじゃないと思うんだ。
その証拠に。
「……キミも、"ナノハ"って言うんだ?」
「うん。私は、なのは。高町なのはだよ」
少し、響きが違うのはイントネーションのせいだろうか。
もう一度名前を呼ぶと、また言い直された。
「なの……は……?」
「うん!」
今度はちゃんと呼べたのか、なのはは嬉しそうに目を細めて私の大好きだったナノハと同じ笑顔で応えてくれた。
「なの……。なの……は。……なのは」
心に覚えこませるように、幾度も名前を繰り返し。
その度に、私の胸は愛しさでいっぱいになる。
初めて名前を呼ばれた瞬間、もう惹かれてる自覚はあった。
でもね、ナノハ。誓っていうけど。
姿形が似ているだけじゃ、私は絶対に惹かれたりしない自信はあるんだ。
この子のどこかに私の大切な人がいる。
ナノハ、私に教えて?
……逢いたいな。
逢って、最後にちゃんと、愛してるって伝えたい 。
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