『 恋、とか。愛、とか。 』




"恋"ってなんだろう。

誰かを好きになること……だよね。


けど、私が知りたいのは。

そんな表面的な意味じゃなくて。




ペラ……ペラ……。
私はベッドに仰向けに寝転んで読んでいたライトノベルのページをめくる。
けれど、その思考は少し前から別の事に支配され、作者さんには悪いけど内容は全然頭に入ってこない状態だ。

この小説に出てくるヒロインも、好きになった主人公のために仲間を裏切り、色々な葛藤がありながらそれでも……というような設定で。

そして、こんな事を考えてしまう大きな要因となったのは、この間のビッグスパイダー事件。
"あの"固法先輩が、一時とはいえ『風紀委員(ジャッジメント)』の腕章を外し黒妻の元に駆けつけた。

固法先輩といえば、私の中ではいつも冷静な人、厳しい面はあるけど後輩想いで面倒見が良く、ジャッジメントではない私や佐天さんが支部に遊びに行っても嫌な顔なんかしない優しいお姉さんのような人。
ジャッジメントとして、黒子に負けないくらいの誇りを持って活動してる人だった。

そんな人が自分の信念を曲げてしまうほどの強い想い    



お父さん、お母さん    もちろん、好き。
大事な家族。

黒子    面倒だから口にしないけど、好き。
大事なパートナー。

佐天さん、初春さん    とても良い子たち、好き。
大事な友だち。

あいつは    って、いやいやいや、なんで今あいつが出てくるのよ。
関係ない、関係ない、うん。


「…………」


現時点での私の『好き』は、どれも"恋"と呼べるものではない。
だけど、私にとって全てが大切なモノであり、切り捨てることなんか出来ないし守りたいと思う。

そして私は、ひどい負けず嫌いで(これは自覚している)、更に、無鉄砲なうえ曲がった事が嫌いで無駄に正義感が強い(これは黒子に言われた)性格。

……でも、そんな自分は嫌いじゃなくて。

例え大切なモノのためだとしても、今までの自分を捨てたり、否定したり、抑え込んで、何かを為すなんて考えられない。絶対に、イヤだ。

両方捨てない。どっちも選ぶ。
私は、私のまま、大事な人たちを守る。

それが私の誇り。


    なんて信念も、"恋"の前では曲がってしまうのだろうか。

結局、ジャッジメントとしての職務を遂行した固法先輩は、凛としたいつもの先輩の表情に戻って……いや、いつも以上にカッコ良くて。

恋をすることで人って素敵になるんだな、なんて、客観的な感想とは裏腹に、心の奥底では、良くも悪くも自分が変わる事が……正直、怖いと思った。




……パフ。
私はページを流すだけになっていた小説を開いたまま顔の上に被せる。
紙とインクが混ざった独特の匂いが鼻をついた。


「……お姉さま?お休みになるのでしたら、電気消しましょうか?」
「んーー」


隣のベッドで私と同じく寝転がって、携帯ゲームに勤しんでいたはずの黒子が、目ざとく気づいて声を掛けてきた。
視界は本に覆われて既に真っ暗だったし、それ以前に、別に眠気を感じての行動ではなかったのだけれど。

……なんか、こう、モヤモヤでスッキリしない時は寝ちゃうに限る……かもしれない。

お願い、と声をかけると、黒子はベッドから起き上がり部屋の入口にあるスイッチの操作に向かう。
私は被っていた本を少しだけずらして、黒子の背中を何気なく横目で追った。

パチ。

聞き慣れた音と共に照明が落とされ、私たちの部屋を支配するのは窓からの月明かりだけ。
もう今日のところは用済みになった本をパタリと閉じて、自分のベッドに戻ってきた黒子に確認をとる。


「あんたは良かったの?暗い中ゲームしたら視力落ちるわよ?」


本来なら、電気を消してもらう前に聞いておくべきだったこと。
相手に対してまず配慮をすべきなのに、いつも私は気づくのが遅れてしまう。
その点では、このパートナーは私より年下のくせに、見習うべきところが多いのが情けない。


「お気遣いなく。わたくしも、もう休みますので」
「そ?」


眠る体勢を整えている黒子を見ていたら、ふとさっきまでモヤモヤと考えていたことを尋ねてみたくなる。
多分、電気が消えて顔を見られずに済むせいで、いつもは気恥ずかしい事も口にしやすい状況だったからだと思う。


「ねー、黒子ぉー」
「はい?何ですの??」
「例えば、なんだけど」


そう前置きして。

自分がすごく好きになった人が、道を踏み外す、もしくは、世間からは認められない立場で生きると決めている。
しかも、本人がそれを納得し自分の意志によるものなので、こちらからの説得は無理。

あんたなら、どうする?


「はぁ〜〜……お姉さま……?」


黒子は私の問いに答える代わりに大きな溜息を吐いた。


「ん?」
「ぜんっぜん『例え話』になっていませんわよ?まんま、この間の件じゃありませんこと?」
「ぐっ!」


わ、悪かったわね!下手くそで!
黒子の尤もな指摘に言葉に詰まった私は心の中だけで言い返す。
なんつーの?駆け引きみたいなの、面倒臭くて苦手なのよっ!


「まぁそんな、底が浅い、というか、わかりやすいところもお姉さまの長所だと黒子は思っていますけれど」
「長所って言ってるわりに、貶されてる風にしか聞こえないわね……」
「要するに、悪人になったお姉さまを選ぶか、それとも、道義を選ぶか、と」
「わ、私??なんでそこで私かな。好きな人って恋愛的な意味で言ってんのよ?」
「何を今更。黒子はお姉さま一筋ですわ」
「…………まぁ、いいわ。とりあえず、ソレで」


さっきのお返しに、今度は私がわざと溜息を大きく吐いてみせる。

何かにつけて黒子はこうやって私に好意を伝える。
最初のうちは驚いたけど、今はもう随分慣れて。

……"好意"を"行為"で表現しようとするのは、ちょっと勘弁して欲しいわ。

ただ、大人びたところが多々あっても、やっぱり私より年下だ。
そんな悪ふざけに隠して私に甘えてきているのだと思う。
私も懐いてくれるのは素直に嬉しいし、贔屓目なしで黒子は良い奴だから。
行き過ぎたスキンシップに鉄拳制裁を返すのも、私にとって密かな楽しみになっている。

だから私は勝手に決め付けていたのだ。

私の事を好き、なんて臆面もなく言ってのける黒子は、まだ本当の恋愛というものを知らないはず。
ならば、彼女の出す答えも私と同じだろう、と。

仲間を見つけて安心したいと思う反面    ほんの少し……本当に少しだけ。

『私』を選んで欲しい、なんて願望が心の片隅に見え隠れする。
散々この子の事を変態呼ばわりしているくせに、虫のいい話だと、こっそり自嘲の笑みを浮かべた。
月明かりの中では黒子に感づかれることもない。



   




inserted by FC2 system