『 magic hour 』



「ね、なのは。まだ時間ある?」


仕事で学校を休みがちな私たち向けの補習授業の帰り道。
はやてちゃんはこれからまた仕事だ、と慌ただしく学校の屋上の転送ポートへ。

私とフェイトちゃんで他愛ない会話をしながら帰宅していたら、何かを思い出したように時計を確認したフェイトちゃんに意外なお誘いを受けた。


「魔法、見に行こうよ」
「……」


…………まほう……魔法……?


「毎日見てるよ?」
だって、魔導師だし。


制服の胸元の下に身につけている紅球を指さして小首を傾げた私に、フェイトちゃんは眉尻を下げる。


「あははは。えーっと、そうじゃなくって」
「??」
「……ま、いっか。ちょっと付き合って?」


そう片目を瞑って見せる彼女が、まるで小さな子供が秘密基地を教えてくれるみたいに楽し気で。


「うん!」


それだけで私も何だか楽しくなった。





次の交差点を自宅へ続く直進ではなく、信号を待って右へ曲がる。


「それで、どこ行くの?」
「ん……臨海公園」
「ふ〜ん」


海鳴臨海公園といえば、私とフェイトちゃんにはとても思い出深い場所。

全力で戦って、お互いの想いを籠めたリボンを交換して……あっ!魔法って……。


「もしかして、何か大技の練習?!」


私は、フェイトちゃんが魔法の練習をしたいのかと思ったんだけど、その一言に大きな溜息を吐かれてしまったので、どうやら外れのようだ。


「はぁ、なのは、ムードないなぁ」
「えー!フェイトちゃんに言われたくないよっ」
「私、バインド拘束のSLBはもう、流石にちょっと、ね」
死ぬかと思ったんだから。


やっぱりフェイトちゃんも私と同じあの時のことを思い返していたみたい。
やや表情が青ざめて見えるのは、うん、気のせい気のせい。


「言っときますけど、こう見えて結構乙女なんです」
「あははは。こう見えて?」
「そーだよ〜。だって、私の将来の夢は『好きなヒトのお嫁さん』だもん」


ね?と並んで歩く横顔を少し見上げて、触れそうで触れないでいたフェイトちゃんの手を握る。
すると、フェイトちゃんは照れくさそうに微笑んで。


「……じゃあ、私も乙女だ」


私の手をキュッと握り返してくれた。





そうして、私たちが辿り着いたのは、目の前に広大な海が広がる遊歩道。
水平線の向こうには、ちょうど今日の太陽が消えてしまう一歩手前の姿を見せていた。

フェイトちゃんは満足気に、うん、と頷いて、私の手を引いて、手頃な場所に腰を下ろすと。


「ちょうどいいタイミング」


夕陽に瞳を細めつつ、私に告げた。


「魔法って……夕焼け?」


もちろん、それが悪いと思ってるわけじゃない。

ここの夕焼けはとても綺麗で。
夕陽に反射するフェイトちゃんの金色もとても綺麗で。

私は大好きだった。


でも何故それを『魔法』なんて呼ぶのだろう。


「まぁ、そうかな。ね、"マジックアワー"って知ってる?」
「マジックアワー?」
「映画とか写真の世界で使われる言葉なんだって」


私は初めて聞く言葉。
いつの間にか私よりフェイトちゃんの方が、この世界の事に詳しくなっていて、少し情けない気分になる。

フェイトちゃんは人差し指を顎に当てながら記憶を探り、何かの説明文をそのままそらんじて教えてくれた。



日没後、太陽は沈み切っていながら、まだ辺りが残光に照らされているほんのわずかな、しかし最も美しい時間帯。



「なんか……素敵だね。夕焼けなんて、見慣れてるはずなのにね」


そんな素敵な瞬間を何気なく見過ごしていたなんてもったいなかった、と悔やんでいる私にフェイトちゃんはクスリと笑って、水平線を指し示した。


「ほら、なのは。始まるよ、"マジックアワー(魔法の時間)"」






それからしばらく私たちは無言で、海が、空が、世界が、幻想的な金色の光に照らされるのを見ていた。






そして、その時間は夜の帳によって終わりを告げる。


「……魔法、解けちゃった」


フェイトちゃんが身じろぎしたのをきっかけに私が残念そうに呟くと、まだ視線は遠くに置いたまま。


「たまにはこんな魔法もいいと思わない?」
「うん。……私みたいに戦うばっかりが魔法じゃないよね」


そう答えると、フェイトちゃんは視線を戻して私を見つめた。
その紅い瞳はとても穏やかな色を湛えている。


「あの頃、私が飛べない魔法にかかっていたのを解いてくれたのは、なのはだよ」
なのはの魔法、真っ直ぐで優しくて好きだな。


「フェイトちゃん……」


まだプレシアさんの命令で必死にジュエルシードを集めていた頃。
私は未だに、プレシアさんを想って表情を翳らせる彼女を見ると胸が痛んだ。

けれど、フェイトちゃんがそれで良いと思ってくれてるから。


「私はね、フェイトちゃんが私の名前を呼んでくれたあの時から」
フェイトちゃんの魔法にかかってるよ。


「……」


暗くなっても分かる位顔を真っ赤にしたフェイトちゃん。
それから、いきなりスクッと立ち上がって、帰ろう、なんて言うものだから。

繋いだままでいた右手を引かれる形の私はバランスを崩してしまい、それを慌ててフェイトちゃんが助けてくれる。


「もー!ほら、やっぱりムードないのはフェイトちゃんじゃない」
「……ご、ごめん。だって……」


まだ頬に赤みを残したまま、眉が下がっているフェイトちゃんは、ちょっと可愛くて可笑しい。
私の悪戯心が顔を出す。


「素敵な事教えてもらったお礼に、私も一つ教えてあげようか」
「なに?」
「今のフェイトちゃんみたいなの、この世界では"ヘタレ"って言うんだよ」
「…………」


私が笑うと、フェイトちゃんは小さな声で、知ってるもん、と答えて口を尖らせた。





じゃあ、フェイトちゃん。
これは知らないでしょう?


"マジックアワー(魔法の時間)"って、別名"ゴールデンアワー(金色の時間)"って言うんだって。
私、後で調べたんだ。





金色の時間     フェイトちゃんの時間、だね。




そしてまた、私は魔法をかけられる。




  完


マジックアワーについてはWikipediaから引用させて頂きました。
もちろん、すっごい前にテレビで映画の『ザ・マジックアワー』をやってたときに思いついた話です!(笑)



   





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