『 ツンデレの法則 』





「……はぁ〜」


私がベッドに腰掛けながら大きな溜息を一つ溢すと、すかさず机に向かって宿題をこなしていた黒子が反応した。


「どうしました、お姉さま?」
「ん〜、ちょっと、ここ何日かお腹の調子がね……」


お腹をさすりながら告げる。

何か悪いモノでも食べたっけ……なんて、数日の記憶を遡ってみても、心当たりになるようなことはない。
実際、ほとんど寮で食生活を共にしている黒子は何ともないようだ。


「どんな様子ですの?」


黒子はシャープペンの手を止めて、私のベッドの隣に腰を下ろした。


「いや、そんな酷くはないんだけどさ。何か食べるとキューっとした感じになるのよね」


その後、さほど間を置かずトイレにいかなければならない羽目になっている。

私の話を顎下に指を当てて聞いていた黒子は、思考を巡らすように二つ三つ頷いてから彼女らしいはっきりとした口調で断言した。


「お姉さま、わかりましたわ!」
「分かったって、あんた……医者でもないくせに」
「お医者さまではないですけれど、わたくし、お姉さまのことは一番わかっているつもりでしてよ」
「ハイハイ。で?」


私の方へ乗り出してくる黒子を押し返して、続きを促す。
すると、もったいぶって、コホン、と一つ咳払いを挟んで見せて。




「黒子が思うに。それは、恋、ですわね」




「…………こい…………??」


人差し指をピシッと立て言いきる黒子の言葉を、私は怪訝な表情でそのまま繰り返した。

あいにく私の知識には、腹痛と関連付けが可能な『こい』という単語は持ち合わせていない。

そんな私に、黒子は両手を広げて外人風のオーバーリアクションで、やれやれ、と首を横に振った。
何だか馬鹿にされたみたいで面白くない私の口が自然と尖る。


「お姉さまは黒子より年上でも、そーゆー方面にはとんと疎くていらっしゃるから」
「だから!あんたは何を言いたいのよっ」


どうやら"みたい"ではなく本当に馬鹿にされていたようだ。
しかし、一体何で私が馬鹿にされなければならないのだろうか。


「この辺が」
「ちょ、ちょっと触んないでよ」


黒子の指が私のおへそのやや上あたりをそっと抑える。


「切なくキューーーっとなる感覚。わたくしにもよく覚えがありますもの」
「…………」
「人は恋をすると胸が締め付けられるような想いに囚われたり、些細な事にとてつもない幸せを感じたり、時には、すぐ傍にいるのに手が届かないように思えたり……」
「はあ」


立ち上がり、まるで舞台女優のごとく身振り手振りを交えて熱弁を振るう黒子についていけず、かろうじて相槌を打つ。

やはり、先ほどの単語は『こい』→『恋』に変換するものだったらしい。


っていうか、私はお腹の調子が悪いだけだっつの!


少々面倒になってきて投げやりな返事を返したら、それが気に入らなかったのか、一段と大きな声で詰め寄られた。
……騒いで寮監さんにバレるのだけは勘弁して欲しいんだけども。


「お姉さまだってないとは言わせませんわっ!」
「あーもう、うっさいなぁ」
「誰かを想って胸がキューーーっと!」
「……え?」
「鳩尾が!下腹部がっ!!キューーーーっと切なくなっちゃったりしますわよね?!そう、この黒子のことを想ってとかっっ!!」


後半のいかがわしい寝言部分はどーでもいいとして。

一瞬だけ、あのツンツン頭のヘラヘラ顔が浮かんで、私は慌てて激しく頭を左右に振って両手で掻き消す。


「ないっ!ないないないないないっ!!」
「……ヒドイ……お姉さまったら……」


よよよ、と大げさに床にへたり込んだ黒子は、羽織っていたパーカーの右ポケットから何やら布切れを取りだすと、グッと握り込んだ。


「わたくしは、毎夜、お隣で色気のないパジャマの裾から覗くお姉さまの肌に悶々と眠れぬ時間を費やして」
「何言ってんのよ。夜中私がトイレに起きたって、あんた、グースカ寝てるじゃない」
「お姉さまの心の準備が出来るまで、黒子、コレで我慢してますのよっ」
「!!!」


黒子が私の目の前にバッと広げて見せたのは、手に握っていた私の    下着。


「ああっ!!ゲコ太のっ!探してたんだからねっ」


慌てて取り返そうとしたけれど、ヒョイっとかるく身をかわされてしまう。


「そろそろ、もう少しエレガントな下着をお召しになって下さいましな」
「〜〜〜〜〜〜っ」


溜息と共に再び堂々と自分のポケットに私の下着を仕舞おうとした黒子に、私の右足がさく裂した。




「返せ、このヘンタイっっ!!」




ドバキッ!


……ドス。


綺麗にクリーンヒットした結果、黒子は壁に飛ばされてそのままうつ伏せに倒れ込む。
右手の下着を握ったままなのは、敵ながら天晴れというところか。


「ふぅ。今入ったのが、鳩尾、ね。私が痛いのは、お・な・か。その違い、解ってもらえたかしら?」


暗に"解らなければもう一発"という意味をこめて、笑顔で問いかける。


「……ん?黒子??」


あれ?
いつもなら、私の渾身の一撃をもらっても、こちらが感心するくらい早い回復力をみせるくせに。

今は、まだピクリとも動かない。


「ちょっ!あんた、大丈夫?!」


自分でやっておいて大丈夫?も何もないもんだと思うけど、私にしてみたら、普段と同じちょっとだけ過激なスキンシップのつもりだったから。

焦って倒れ込んだままの黒子に駆け寄り、その華奢な体を抱き起こし、そして気付く。



    いつも、抱きつかれてばっかりだから忘れてた。

そういえば、この子、こんなに細い身体してたんだ……。


「ねぇ、黒子っ、黒子ってば!」


呼びかけても膝の上の仰向けにした黒子の瞳は開かない。
頭を打っていた場合、揺らしたらマズイだろうし。

透き通るような、という形容詞がぴたりと当てはまる黒子の白い頬に手を当てて、軽く叩いて名前を呼んで。


やっぱり誰か人を……そう決断した瞬間。


それを見透かしたように、鳶色の瞳がパチリと開いた。


「心配してくださいました?」
「ばっ……か!ったりまえでしょ……」


にっこり微笑む黒子に、私は怒るよりも先に安心して身体の力が抜け落ちてしまう。


「こういうの、悪趣味って言うの!勘弁してよ、もう」
「ごめんなさいましね、お姉さま」


悪戯を仕掛けた張本人は、見事に引っかかった私を笑い倒すわけでもなく、幸せそうな表情を浮かべていた。


「こうでもしないと、お姉さまから抱きしめられたり、膝枕なんてして頂けないんですもの」
「だからって、あんたねぇ」


黒子の頬に添えたままだった私の右手の上に、黒子の手がそっと重なる。


「……ほら、いい加減、立ちなさいよ」
いつまで壁際で寝転がってるつもり?


私が促すと、ハーイ、と間延びした返事と共に、名残惜し気に私の膝から体を起こす。




「あ、お姉さま」
「何よ?」
「いつも黒子はお姉さまの無茶を心配してますの。お姉さまも少しは私の気持ち分かって下さいましね」


立ち上がって、パーカーの埃を手で払いつつの私へのお小言。

まったく、これじゃどっちが年上なんだかわからない。

私は苦笑する。


「分かってるわよ」
「さぁ、どうだか」
「いくらレベル4とはいえ、そんな華奢な体でジャッジメントなんて危ない事やってるあんたを、私が心配してないとでも思ってるわけ?」
「……お姉さま……」


黒子は瞳を細めて私にギュッと抱きついて。

……まぁ、今は振りほどかずにおきますか。




「あ、どさくさにずっと握ってるソレ、さっさと返しなさいよね」
「…………ちっ」
「永遠に壁際で眠らせてあげましょうか」
「……お姉さまのケチ」




   完


ノリツッコミ的な二人が楽しくて好き。
そんな中でもちゃんと靴を脱いで黒子のお腹を足で押しのけたりする美琴ちゃんの優しさ(笑)……黒子じゃなくても惚れるよね。




 




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