『 姉さん、事件です。 』
「御坂さん、大スクープですっ」
いつも私たちのたまり場になっているファミレスで、姿勢を低くメニューを立て周囲の視線を憚るように初春さんが言った。
「??……スクープ?何が??」
カラン、と氷の音を立てジュースを口に含んで、それに乗っかる事もせずフツーに問い返す。
すると、初春さんの隣の佐天さんまでメニューに体を隠しヒソヒソ声で、初春さんの後を受けた。
「オ、ト、コ、です!」
「オ、ト、コ……?」
一文字ずつわざわざ区切って強調するように言われて。
意味を理解しかねた私は、眉を顰めてそのままそっくり繰り返す。
……オトコって男の事?男がどーしたって??
「ハイ。白井さんに男の影が」
「はぁ???」
突拍子もない内容に、思わず大きな声が出た。
メニューに未だ隠れたままでいる向かいの席の二人から、そろって口元に人差し指を立てられてシーっと窘められる。
「……あ、ごめん。でも、黒子に彼氏?あの子に限ってそんなこと……」
黒子が誰か男の人と並んで歩く姿なんかまるで想像出来なくて、右手をパタパタと横に振って否定する。
「それがですね、御坂さん。確かにまだお付き合いってわけじゃなさそうなんですけど」
詳しい事は初春記者からどうぞ。
マイクを持っているかのような形をした手を口元に当てていた佐天さんは、そのまま初春さんにバトンタッチ。
続いて初春さんが同じような手つきで喋り始めた。
……エアマイク?
「はい、こちら現場の初春です。一昨日、ジャッジメントの第七学区他支部合同連絡会あーんど講習会が行われたんですが」
「ああ、それは黒子から聞いたわ」
「私も一緒に参加してたんですけどね。終わって帰るときに……」
黒子と初春さんが並んで歩いていたら、黒子だけが他支部の人間に呼びとめられたそうだ。
相手は初春さんも顔だけは数回見た事のある男性で、制服から近隣の高校と思われるとのこと。
「で、何、いきなり告白とかされちゃったわけ?」
「いや、流石にそれはないです」
私の横でそんなことされたら、私も困ります。
そして、もう気がすんだのか、初春さんも佐天さんもテーブルに突っ伏した体を起して普通の体勢に戻した。
「でも、その人私に話を聞かれたくないのか、ちょっと距離を置いたところで白井さんに何やらお願いするように話してました」
「やっぱ、まずは"お友達からお願いします"ってとこだと思うんですよねっ」
「ふ〜ん。……で、初春さんは黒子の口からはなんて?」
「大した用事ではありませんわって言われて終了です」
「じゃあ、そうなん」
「だがしかし!初春は見た!家政婦ばりにっ!」
私の言葉を遮って、佐天さんは初春さんの肩に腕を回して得意げだ。
初春さんはそれに応えて大きく首を何度もコクコクと縦に動かしている。
「家政婦……。何を見たの、初春さんは?」
「お互いの連絡先をこっそり交換してたんです。少し離れた所にいる私からわざと見えないようにしてるとしか思えない不自然さでした!」
「別にそれくらいいいじゃない。何か連絡する必要があったんでしょ?」
不自然、て初春さんの気にしすぎじゃないの。
向かいの席の二人のテンションが盛り上がるほど、逆に私のテンションは冷めていく。
そりゃあ、私だって噂話は嫌いじゃない。
けど、寮監さんの時もそうだったけどそういうのって他人が首を突っ込むモノじゃないような気がする。
「本当にそうでしょうか?だったら私にそれを教えてくれそうなものですし、大体、白井さんが個人的な連絡先を軽々しく男の人に教えるなんて有り得ないです」
「御坂さんは気にならないんですかっ?あたしは、チョーなります!」
「気にならないってゆーか……ホラ、何て言うの?プライバシー?本人が言わないのに、あんまり他人が詮索すんのって良くないと思うのよね」
「「他人っ??!!」」
「うへ」
初春さん、佐天さんの二人同時突っ込みを受けて、驚いた私の口から変な声が漏れる。
「御坂さん、他人ですかっ」
「え、と……」
「あたしは、初春も白井さんも御坂さんも、大切な友だちですよっ」
「いや、その……」
「私だって、白井さんも御坂さんも大事な仲間だと」
「あれ?初春、あたしは?ね〜、あたしは??」
「あっ、あの、佐天さんは……その……」
「……一体何なの……」
会話がどうもまとまらなくなってきて、どうしたもんか、と小さく溜息を吐いた。
うん……黒子は、私にとって、友だち。仲間。パートナー。
そんでもって 。
「御坂さんにとって白井さんはなんですか?」
「…………」
今、自分が考えていたのと同じ事を初春さんに訊かれて、即答出来ずに口ごもる。
そんでもって……なんだろ?
「く、黒子は……変なクスリ通販で買ったり、人の下着勝手にチェックしたり、お風呂に入ってこようとしたり、洗濯物の匂いかいだり、お仕置きの電撃も意外に喜んでたり」
「し、白井さん……」
「うわ〜、あたしちょい引きかも〜」
「ほんと、どーしよーもないどヘンタイなのよね。……でも、時々びっくりするくらい大人の顔してみせたり、かと思ったら年相応の頼りなさがあって。私の事一番分かってくれてるのも……あ」
ここまで一気に語って、ふと我に返る。
うわっ!もしかして私、すっごく変って言うか恥ずかしい事喋ってたっぽい?!
そう思うと初春さんたちと正面から向き合えず、ストローを口に咥えて窓の外へ視線を逃がしその先はうにゃうにゃと誤魔化した。
「ま、色々あるのは分かりました。が、今回は御坂さん、二択です」
「二択?」
「ぶっちゃけ。白井さんの件が気になる、or、ならない。ちなみに、あたしと初春は前者です」
二本指を立てて私に突きつける佐天さん。
そこまで言われたら私だって。
「………………なる」
渋々認めると、佐天さんは満足げに、ですよね〜、なんて肯いている。
初春さんも何故か嬉しそうだ。
「では、意見がまとまったところで。今後についてですが……」
先にお風呂からあがった私は、続いてお風呂に入るための準備をしている黒子を何気なく目で追っていた。
「……ねぇ、黒子。明日の放課後なんだけど」
初春さんの推測によると怪しいのは 。
『五日後です。白井さん、他のジャッジメントの方にシフトの交代お願いしたらしくて』
明日がその日にあたる。
初春さんたちとの計画に従って、私からも黒子に明日の予定を確認。
「え?あ〜、明日はわたくし巡回の当番ですの。何か御用事でも?」
「……ううん。支部に遊びに行こうかなって思っただけよ。あんたが外回りなら止めとくわ。あんまり邪魔しちゃ悪いもんね」
ま、今更だけど。
その言葉に少し笑って見せて、黒子は浴室へと消えた。
「…………」
私は下唇を噛みしめて、グッと拳を握りしめる。
「……なんで、嘘吐くのよ」
黒子の答えは、先日ファミレスで私たちが予想した通り。
まず本当の事は口にしないだろうと読んでいたにも関わらず、それが現実の事となった途端、言いようのない憤りがお腹の底から湧いてきた。
別に、黒子は私に逐一行動を報告する義務なんてない。
私にそれを知る権利もない。
真実を語らないのも悪意があるわけじゃなく、何か理由があるのだろう。
けれど。
黒子が 私に 嘘を 吐いた。
その事実が頭をいっぱいにして冷静な思考力がどんどん奪われていく。
「あー、もう!何でこんなにイライラすんのよっ」
前髪を右手でクシャ、と掴んだその時。
机の上に無造作に置かれていた黒子の携帯電話が三回程震えた。
……メールの着信……。
そういえば、黒子は連絡先を交換したと初春さんは言っていた。
もしかして ?
「だっ、だめ!!だめに決まってるじゃん!人の携帯勝手に見るなんて絶対だめっっ!」
一瞬、邪な考えが掠めた頭を左右に何度も振って、それを追い出す。
一瞬とはいえ、私、何てこと考えちゃったんだろ。
もー、やだ……。
黒子はまだお風呂から上がってくる気配はなかったけれど、私はサッサと自分のベッドに潜り込んで頭まで布団を引っ張り上げた。
翌日気づかれないように、下校する黒子の後をこっそり追いながら佐天さんと初春さんに連絡を入れて合流する。
「あ!あの人、あの人ですっ」
駅の改札付近で佇む黒子に、高校生と思しき男子生徒が軽く手をあげて歩み寄る。
私たち三人はそこから少し離れた場所に身を潜めているため、その会話までは聞こえない。
傍から見たら怪しい三人組だろうとは思うが、敢えてそこは考えないことにする。
「むー、やっぱりここからじゃ何話してるのかわかりませんねぇ……」
「佐天さん、あんまり顔出すと向こうから見えちゃいますよ〜」
「…………」
なに、笑ってんのよ。
黒子が笑顔になる度に胸の奥のモヤモヤが大きさを増して。
私の顔からはあの子とは逆にどんどん表情が失われていく。
「御坂さん?」
「え?!ああ、何?」
「……や、何って言うか。なんか顔が怖いですよ?」
佐天さんに指摘され、私は慌てて頬の筋肉を緩ませて笑顔を作る。
「「…………」」
しかし、その笑顔に二人とも何か言いたげに顔を見合わせただけで、特に何もコメントはしてくれなかった。
「っと!ほら、白井さんたち動きましたっ!」
サササッ、と一度全員引っこんでから、細心の注意を払いつつソ〜ッと確認。
この辺の地理に明るい黒子の方が、リードして歩を進めているようだ。
その様子からは嫌々とか渋々といった感じはまったくない。
っていうか、楽しそう……?
黒子とその男子学生の後ろ姿を見失わないよう、数メートル後ろをどこぞの漫画の如く尾行しながら、初春さんがポツリと一言。
「結構、違和感ないものですねぇ……」
恐らくそれは、黒子がまるでカップルみたいに男の人と並んで歩く姿を指しての言葉だと思う。
今までの執拗な私に対するヘンタイ発言もあって、こんな姿を想像するのは難しかったが、初春さんの言うとおり驚くほど違和感を感じない。
知らない人間が見たらお似合いの恋人同士という感想を抱くかもしれない。
「……そっか。別に私じゃなくていいんだ」
あの子の隣は。
生憎というかその私の呟きは、ちょうど信号が変わって歩き出した為、他の二人の耳に届く事はなかった。