『  私たちらしく  』




昨日までの戦闘がまるで夢の中の出来事だったと思わせるような平和な空。
一定のリズムで静かに寄せては返す波の音に耳を傾けながら瞳を閉じる。

程なくして、砂浜をキュッキュッと踏みしめながら迷うことなく歩いてくる足音が聞こえて。


「どうした、ミーナ?こんな所に呼び出して」
何か用か?


静かに尋ねる美緒を流木に腰掛けた低い位置から見上げると、太陽光線と彼女自身のその眩しさに私の目が細まった。


「ごめんなさい、特に用があったわけじゃないの」


小さくかぶりを振ってそう答える。
呼び出しておいて用がないなんて、失礼な事をしている自覚はあったけれど、事実をそのまま口にした。

けれど美緒は特に気分を害した様子もなく、そうか、と柔らかな表情で頷いて私の傍の砂浜に直接座り込む。


「……先ほど上層部から通達が来ていたようだな」
「ええ……まだ仮通達という形だけれど、今日の夜にでも皆を集めて伝えるつもり」
「なんだ、浮かない顔だな。不服な内容だったのか?」
「いいえ、至極真っ当な辞令よ。特別報奨金も出る予定ですって」


軽く微笑みながらわざとらしくない程度にテンションを上げた。

    浮かない顔なんてしてるつもりはなかったのだけれど。

だって、そう、そんな顔になる理由なんて今のところないのだ。


私たちの隊を中心にしてこのロマーニャ地方のネウロイを殲滅したのが昨日の事。
隊員たちの魔法力、体力、気力すべて使い果たしての勝利に、とりあえず私たちは三日間の完全休養が与えられている。
そして、昨日の今日という短い間で未だ正式決定ではないながらも、今後の予定が知らされた。

『501JFWは解散とし、各々の所属へと戻り自軍の戦力として、もしくは自国の復興に力を注ぐ事』


「ふむ。この地域は解放されたのだから当然だな」
「そうね。で、続きがあるのよ」


『尚、戦況、作戦によっては緊急にて501JFWの再結成も考えられる。ウィッチ9名は速やかに召集に応じる心づもりはしておくように』


「あっはっは!なるほど、通達だけでなく解散も仮か!……ガリア、ロマーニャと続けて功績を挙げた隊を簡単に解体してはもったいないと思ってくれた、と」


美緒は私たちが認められた事を素直に喜び、トレードマークともいえる高笑いを上げる。

しかし、私は軽く唇を噛み視線を伏せて。

    ウィッチ9名。

現在11名で成り立つこの部隊から……宮藤さんと美緒を引いた人数を指しているのは言わずもがな。

全魔法力を失った二人はもう"ウィッチ"とは呼ばれないのだ。


「ペリーヌを始め故国が気になっている隊員も多い。帰れるのは嬉しかろう。ミーナ、お前も」
「そうね、カールスラントの空もこんな風にしないとね」


私の故郷では今日のような穏やかな空が見られなくなって久しい。
そんな故郷が当然気になってはいたけれど、それと同等の私の気がかり。


「それで……美緒は?」


とても漠然とした私の質問。
しかし、それでも彼女には十分伝わっていた。


「ん?普通は魔法が使えなくなったウィッチは退役するものだろう……宮藤は家業の診療所を継ぐと言っていた。まぁ、あいつは元より軍が嫌いだったし戦場も似合わんからな」
「…………」


予想通りの回答に安堵と未練が私の心の中で渦巻いて言葉が出ない。

魔力が衰えてゆく美緒に、もう危険な戦場など出ないように説得し銃まで向けた私。

だから、彼女が退役することは喜ぶべき    なのに。


なのに。


……だけど。


再結成されるストライクウィッチーズの私の隣に彼女がいない事が想像できない。


    あなたはそれで」
「ミーナ、久しぶりにまたお前の歌が聴きたい」


声を絞り出すように問う私を遮って、美緒が私に歌を強請った。

突拍子もない急な要望に驚いて、再確認。


「えっ、歌?今、ここで??」
「ああ、今。軽くでいいんだ、観客は私だけだしな」


任務中の彼女とはまるで別人の、無防備な笑顔でのお願いを断れるはずもなく。


「……ええと、じゃあ、リクエストはあるのかしら?」
「いや、何でもいい。ミーナの得意なやつでいいぞ」
「ご飯と一緒で、何でも良いが一番困るのよね……近頃練習してないから、上手く歌える自信ないわよ」


流木から立ち上がると、下腹部に右手を当てて2,3回大きく深呼吸。
そっと瞼を下ろして耳を澄ませ。

そして、自然界の奏でるリズムに合わせて私は静かに歌い始める。


♪♫~~♪♪~~~


「~~~~♪……ふぅ」


最後の一節を歌いあげて肩の力を抜いた。

やはり、歌から遠ざかっていたせいもあって、人に聴かせるレベルではなかった事を恥じる。


「ダメね、基礎からやり直しだわ、これじゃ」


美緒に向けて苦笑を受かべたら、それを合図に魔法が解けたようにハッと我に帰って盛大な拍手を私にくれた。


「いやいやいや!十分上手かったぞ!うん、本当に!」
「お世辞?とってつけたみたいな拍手して」
「ち、違う。まさか、こんなちゃんと歌ってくれるなんて思ってなかったんだ。びっくりして聴き惚れてた」
うん。やっぱり、ミーナの声はいい。綺麗だ。


何の裏も感じさせない率直な賛辞は美緒の飾らない性格をよく表していて、言われた私の方が居た堪れなくて話題を逸らす。


「……今の曲、知ってた?」
「ああ……えぇと、聴き覚えはあるのだが詳しくはちょっとな。……お前の母国語で歌っていたか?」
「ええ、そうよ。まぁ、すごく簡単に言うと、神を讃える歌ね」


私が選んだのは3大アヴェマリアの一つで世界的にも有名な曲。
なぜそれを選曲したのか自分でもよく分からないけれど、澄みきった空、美しい海、頬を撫でる潮風を前に自然と口をついた。


「そうか、神か。……扶桑にも八百万の神がいるが」


バフッ。

一旦言葉を切ると、美緒は砂の上に躊躇なく倒れ込み周囲に少し砂埃が舞い上がる。

ああ、これでは背中は元より癖のない艶やかな黒髪まで砂まみれだ。
でも、本人は全く意に介さない様子で。


「本当に神がいるなら、私とお前、逆にしてくれたら良かったのになぁ」
今から祈っても遅いか……。


    どういう意味?

美緒は独り言のつもりか自己完結して私の怪訝な表情に気付きもしない。
そのまま流すには気になりすぎて、瞳を閉じて黙ってしまった彼女に改めて訊いてみる。


「私たちが逆だったら、何だったのかしら?」
「ん?……ミーナはウィッチとして前線で銃を持つより、その才能を生かした人生の方が似合うとつくづく思ったのさ」
「美緒……」
「それに比べて私は戦う事しか能がない。なのに、それすらも儘ならないときた」


ははっ、と自嘲の笑みを零して右眼を覆う眼帯を外し。
それを人差し指に引っかけてクルクルと弄ぶ。


「もう魔眼も使えん。これも用済みなんだが、しないとどうも落ち着かなくてな」


美緒の言葉を確認するために、寝転んでいる体の脇に手を着いて上から覗き込んだ。

その右の瞳は見慣れた紫瞳ではなく、髪や左眼と同じ漆黒を思わせる黒色。
その瞳に惹きこまれるように近づいた私の髪がサラリと彼女の頬に落ちて    それを耳にかけた。


「……そんな瞳をするな」
「……私、どんな瞳をしてる?」
「泣きそうだ」
「泣かないわよ、馬鹿ね」


本当は美緒の指摘通り、言葉と裏腹に涙が零れそうだったから。

無理に笑って、上体を起こした勢いで空を仰いだ。


「ミーナ、私は退役などしないぞ」
「……え?だ、だって、さっき」
魔法力がなくなれば退役するって……。


外した眼帯を右眼に戻して私の隣に並ぶ。
不器用に自分の背中や頭についた砂を払っているのを見かねて、私も美緒の背中をはたいてあげる。


「い、痛い。もう少し加減してくれ」
「自業自得、何につけても後先考えないからよ」
「…………」


もちろん美緒に反論する余地などない。
半笑いで明後日の方向を向いているのを袖を引いて戻して。


「……本当に辞めないの?」
「言っただろ、私は戦うしか能がないって。軍以外に私の存在意義を見いだせないんだ」
「でも、ウィッチとしてはもう……」
「手段と目的を間違えるなと、宮藤から教えて貰ったからな」
「宮藤さんから?」
「あいつにとって魔法力はあくまでも大切な人を守る為の手段だった。だからそれが叶うなら魔法なんかなくなっても構わないと」


それはとても宮藤さんらしい真っ直ぐな想いだと思った。

でも、一度手にした能力がなくなっていくのは、守りたいという気持ちが強い人程、もどかしく感じる人が多いのではないだろうか。


「私の目的も大切な人や場所を守る事。その目的の為に魔法が使えないなら他の手段を選べばいいだけだ」
「……」
「例えば、元ウィッチとしての経験を生かし後進の指導に当たってもいい。例えば、艦でウィッチ隊のサポートをしてもいい。……な、今の私にもやれる事はそこそこありそうだろう?」
「前線に出るような事も……?」
「そうだな。その必要があればもちろん出るさ」


当然だ、と即答されてしまうと、やはり除隊して安全な生活を送って欲しい気持ちがムクムクと頭をもたげ、適当な言葉がかけられず眉が下がる。


「心配か?    それとも、ウィッチではない私は、もう“私”ではないか?」
「っっ!!ばっ、ばかっ!そんなわけないでしょうっ?!」


美緒の試すような視線を軽くあしらう余裕など今はなくて。

その両腕を掴んで半ば怒りながら反論した私に、ほんの少し瞳の片隅に安堵の色が見えたのは私の気のせい……?


「私らしい人生を送りたい。後悔しないためにな」
「……そう。はぁ、私は一体いつまであなたの心配をすればいいのかしらね」
「決まっている、ずっとだ」


高らかな笑い声を響かせてそんなセリフを簡単に言ってのけるのが、この坂本美緒という人。

ほんとに、もう、仕方のない。

そして、言い忘れていた何かを思い出したのか、ポンッと手を打って。


「それからミーナ。一つお願いだ」
「お願い?珍しいわね」
「お前の歌を皆に聴いて欲しくはあるが……他の誰か独りの為に歌うのは、控えてくれるとありがたい」
「……善処するわ」
「ああ、頼む」


いつかあなただけに“Ich liebe dich”を聴かせよう。



   完


ミーナ中佐に“馬鹿”って言ってもらいたい人、挙手!!ハイ!!(笑)
設定集とか秘め声とかノータッチなのでその辺の矛盾はごめんなさい。
アヴェマリアはシューベルトver.イメージで。
Ich liebe dichは音楽の教科書に載ってた。授業で歌ったけど、意味はまったく知らずただカタカナで歌ってた(笑)。今、ようやくどんな歌か知りました。



   




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