『 my standard 』



六課の解散式もあと半月まで迫ってきた時期に、部隊長のはやてから私となのはに思いがけないプレゼントがあった。

JS事件の後処理も一段落し、まだ万全の状態には戻っていないなのはの体調を慮った二人揃っての連休。
隊長二人の休暇にすぐ了承するのも躊躇われたけれど。


「だいじょーぶ。副隊長たちがしっかりしとるから」


そして、実は私たちと交代で八神家皆揃って休暇を取るつもりだと、片目を瞑ってみせたはやてに、それなら、と有難くお休みをもらうことにする。





「もう寝たんだ?早かったね」
「うん。今日はいっぱい遊んだしね」


ヴィヴィオをベッドで寝かしつけてベッドサイドから戻ってきたなのはに、読んでいた雑誌から視線を移す。
なのはは私の隣へ腰を下ろし、ふぅ、と小さく息を一つ吐いて、ソファーに沈むように背を凭れた。


「……なのはもお疲れみたいだから、明日は部屋でのんびり過ごそうか」


雑誌をパタンと閉じての私の提案に、閉じていた瞳をゆっくり開けて、首を軽く横に振る。


「ううん。予定通り二人で出掛けたいな。フェイトちゃんは疲れてる?」
「いや、私は全然平気だけど……」
「じゃあ、決まり、ね」
「うん」


私は微笑んで頷いてみたけれど、心の片隅に少々引っかかるものがあった。

なぜなら。
連休を貰える事が決まった時に、私はなのはからあるお願いをされた。

一日は、ヴィヴィオと私と三人で思いっきり羽を伸ばしたい。
そして、もう一日は私と二人で過ごしたい、と。

だから既に、アイナさんには明日ヴィヴィオのことをお願いしてはあったけど。

てっきりなのはは、日頃仕事で寂しい思いをさせている分、ヴィヴィオとの時間を十二分に堪能したいって言うと思ってたんだけどな。


「そんなにどこか行きたい所あるの?」
「行きたい所っていうか……ちょっとした計画、みたいな感じ。フェイトちゃんに付き合ってもらいたくて」
「私でいいなら。……でも、計画……?」


その中味がまったく想像つかなくて小首を傾げても、なのはは少し笑って見せるだけで教えてはくれなかった。





  あ、あそこ空いてる。
私はちょうど車一台を寄せられるスペースをようやく見つけると、黒の車体を滑り込ませた。

レールウェイの駅前のロータリーは、タクシーや待ち合わせの車で結構な混雑をみせている。
六課の隊舎から駅までの道路も所々流れが悪くて、待ち合わせの時間から少し遅れてしまったことに落ち着かない気分で運転席を離れて急ぎ足で人の流れの中をなのはを探して泳ぐ。


「……それにしても、なんでわざわざ待ち合わせなんだろ」


朝、出かける支度をしていたら、一足早くなのはが待ち合わせの場所と時間を告げて、出て行った。
もちろん私は一緒に出かけるものだと思っていたので、慌てて引きとめて理由を尋ねたけれど、いいからいいから、と煙に巻かれてしまったのだ。

指定の場所付近で頭を巡らせると、さして苦労する事もなく彼女の姿を見つけられる。

  やっぱり可愛いな。

私服姿は部屋で目にしているけれど、休みの日にプライベートで出掛けるのはとても久しぶりで。
制服姿で管理局の一員としての顔をしていないなのはは、こうやって多くの人に紛れているとあどけなさの残る年相応の女の子。

遅刻したのを忘れて私の顔は思わず綻んだ。


「なのは!」
「……あ!フェイトちゃんっ」


あと数メートルというところで、待ちきれなくて名前を呼んだ。
なのはも私の声にすぐ気付いてくれて、片手を軽く上げてから小走りで私の元へやってくる。


「ごめんね、思ったより道とか混んでて……」
「いいよ。待ってるのも楽しかったよ」
「そう?」


遅刻した事を謝罪する私になのはは笑顔だ。
そのまま私の腕を取って、車は?と訊かれたので、駐車場所まで腕を組まれたまま移動する。

運転席と助手席にそれぞれ別れて腰を落ち着けてから、私はなのはにこの後の目的地を確認。
私は今日一日彼女の計画に付き合うつもりでいるので、今日の予定については何も知らない状態だ。

なのはから告げられた目的地は、駅から車で1時間程度の郊外の大型ショッピングモール。


「りょーかい」


私はサイドミラーで車の流れのリズムをとって、アクセルペダルを踏み込んだ。



「駅に何か用事でもあった?」
「んーん、別に」


目的地まで所々混雑に巻き込まれ、車の速度は安定しない。
渋滞の暇つぶしにさっきの待ち合わせの理由を訊いてみた。


「じゃあ、何で駅で待ち合わせなの?一緒に出かければいいのに」
そしたら、なのはのこと待たせたりしなかったよ。


遅刻してしまった事は私なりに気が咎めていて、言い訳がましい口調になってしまうのは仕方ないと思う。


「いいじゃない。待つ時間もデートの醍醐味の一つってね」
「…………」


デ、デート……か。そっか、デートだよね、うん。

何だか照れ臭くて頬が熱くなる。
運転に集中しようと居住いを正した私を見て、なのはにクスクス笑われた。





渋滞によって普段よりは時間がかかったものの、予想よりは早く到着したショッピングモールの駐車場も、休日のためか結構な混雑ぶりで。
ようやく車を停められたのは、あと少しでお昼という時間。


「フェイトちゃん、まずはお昼食べちゃおっか」
「そうだね。お腹も空いてきた頃だし。なのは、お店決めてる?」
「えーと、何かね、人気のランチのお店があって……」


雑誌で調べたらしい情報を思い出そうとするなのはの横に並んで、同じ歩幅で歩きだす。
すると、他愛ない会話を続けたまま、とても自然な事のように手を繋がれた。


「…………」
「?どうしたの??」
「え?い、いや、何でもないよ」


握りあった手を振りほどくなんて、もちろんそんなことをするつもりはないけど。
でも、やっぱりもう子供ではないから、たくさんの人がいるところで手を繋いで歩くのは……と、思わず周囲を見回してしまう。

皆それぞれ休日を満喫していて、私たちの事なんか気にしてない様子だし。
それに何より、なのはが楽しそうだからいいか。

繋いだ手はそのままに、目的のお店に辿り着くとそこはもう空席待ちの列が出来ていた。
時間的にお昼時だから仕方ないとはいえ、私となのはは思わず顔を見合わせる。


「……並ぶ?」
「なのはが食べたいなら並ぼうよ」
「う〜ん……」


たかがお昼ご飯で、眉間に皺を寄せ苦悶の表情で考え込むなのはは、『高町教導官』の時には決して見られないだろう姿で。
そんななのはは微笑ましい。


「あ!」


答えが出たのか、小さく叫ぶと繋いだ手をクイクイと引いて、私に合図を送る。


「そっち側に、テイクアウトって。今日良い天気だし、外で食べない?」
「うん、いいよ。確か中央に芝生の広場みたいなところあったよね」
「じゃあ、店内のメニューはまた今度」


テイクアウトはサンドウィッチ主体のランチボックスとドリンクという組み合わせで、メニューが少ないせいか、さほど並ばず二人分を購入。

ランチボックス片手に広場へと移動する間も、一度離れた手を再び繋ぎ直す。
すれ違いざま幾度か他人の視線を感じて、横目でチラリとなのはの様子を盗み見ても何も気づいてないみたい。

私は少し繋ぐ手に力を込めた。



「わー!結構広いねぇ〜」
「すごく気持ちいいね。あそこのベンチで食べようか」
「そだね」


なのはの大好きな青い空を二人で仰いでから、手ごろなベンチに並んで腰を下ろして。
落ち着いたところで早速サンドウィッチを一口パクリ。


「ん、美味しい!」


隣でなのはも、うんうん、と嬉しそうに頷いて口いっぱいに頬張っている。

しばらくすると、会話の途中でなのはの視線がチラチラと私の口元へ注がれていることに気がついた。


「どうしたの?何かついてる?」
「そうじゃなくてね……フェイトちゃんのソレ、一口食べたいなぁ、なんて」
「……ソレ?ってコレ??」


私が手にしているサンドウィッチを示して見せる。
ああ、そういえば、二人とも別の種類のランチボックスを頼んだんだっけ。

私は期待の眼差しで待っているなのはに笑ってみせると、具を溢さない様に細心の注意を払って、一口サイズにちぎって差し出した。


「よっ……と。ハイ、なのは」
「ありがとっ!」


パク。

……び、びっくりした。
手で受取るものだとばかり思っていたら、私の手から直接なのはの口内へと消えていったサンドウィッチの欠片。

その際、私の指先になのはの唇が触れて    その柔らかさに胸が高鳴る。


「そっちも美味しいね〜。フェイトちゃんも私の食べる??」
「え?!わ、私はいいよ、うん」


まだ動悸が戻らない私は、両手を振ってなのはの申し出をお断りした。
だって、今と逆に私の唇がなのはの指先に触れる事を考えると……そ、外だし、昼間だし、周りに人いるし、ちょっとほら、色々と。

私のも美味しいのに〜、なんてのん気な彼女が少し恨めしい。




  




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