『   星が降る夜   』




「あ!ヴィヴィオっ、今見えた?」
「ええ?!どっちどっち?……フェイトママはわかった?」
「うん、見えたよ」


あーあ、とがっかりと肩を落とすヴィヴィオに今度は私が東の夜空を指し示しながら急いで声をかける。


「ほら、今度こっち!」
「っっ!……また見逃しちゃった」
「じゃあ一緒に探そうか」


そんなヴィヴィオの背中を軽くポンポンと労わりながら、なのはが自分の隣へ引き寄せてベランダの柵に凭れて再び視線を空へと戻した。




今夜、毎年夏に観測できる流星群のピークを迎える。

ちょうど日本ではお盆と呼ばれる時期にあたり、もちろんミッドにはそんな習慣はないが休暇申請が通ったので私となのは、学校の休みを利用したヴィヴィオは海鳴に帰省中。
そんなに長期の休暇ではないからゆっくりは出来ないのだけれど、私はハラオウン家、なのは達は高町家で実家を満喫し、アリサやすずかとも久しぶりに会えた。


「フェイトちゃん!流れ星!!すごいんだって!一緒に見ようよ」


まるで子供のようにはしゃいだ声でなのはから電話があったのは今日の午後。
せっかく帰ってきてるのに……と拗ねるリンディ母さんをエイミィにお願いして、なのはの家にお邪魔している。

夜もそれなりに更けてから始めた天体観測は、それこそ開始一時間くらいは流星が見つかる度に歓声があがった。
ヴィヴィオはなのはに教えられて、一生懸命流星が消えるまでに願い事を三回唱えようとするけれど成功するはずもなく。

そのうち夜空を見上げる視界に次々と光の筋を捉えることが出来るくらいの天体ショーが始まると、それに圧倒された私たちは言葉もなく流星を目で追うばかりになった。


「……なんか、もう一生分の流れ星見ちゃった感じ」
お腹いっぱい。


流星の数が落ち着いて、ヴィヴィオの口からポツリと漏れ出た言葉に。

私となのはは思わずプッと噴出した。


「一生って……ヴィヴィオの人生、これからじゃない」
「そうだよ。長ーい人生、あっと驚く事がたくさんあるよ、きっと。   お願い事も三回言えるように練習しとくといいんじゃないかな」
「うーん。でもフェイトママだって出来ないのに?」
「いや、ヴィヴィオ。私、早口は得意じゃないし」


確かに私の戦闘スタイルの生命線はスピードだけれど、一緒にしないで欲しい。
……別に早口で詠唱してるわけじゃないからね?


「えー、似たようなものだよ、フェイトちゃん。頑張れば出来るよ!」
「そんな無責任な」
「じゃ、フェイトママと競争だーっ」


勝手に盛り上がる二人の仕草、表情が本当にそっくりで血の繋がりはなくても親子だなぁ、と置いてきぼりの私はこっそり感心する。

それからヴィヴィオは目的がほぼ達成されて気が済んだのか、小さく欠伸をして目をこすりはじめた。
それも当然で、もう日付が変わって暫く経つ。
早寝早起きが信条の彼女は、いつもならもうとっくに夢の中にいる時間だ。
就寝を促したら素直に頷いて挨拶をしてから部屋の中へと戻っていった。

未だ柵に肘をついて空に視線を彷徨わせているなのはは、もう少しここに留まるらしい。
それならば、と私もなのはの隣に陣取って、もうめっきり見当たらなくなってしまった流星を探す。


「フェイトちゃん、先に寝てていいのに」
「なんで?付き合うよ」
「無理してない?……眠いでしょ、ほら、目が赤いもん」
「そんなことないってば」


からかい口調で私の顔を覗き込んでくるなのはから、体を引いて少し距離を取る。

   正直、いつの頃からか、なのはにこうやって無防備に近づかれるのは苦手になっていた。


「な、なのははお願い事しないの?」


色々と複雑な心境や態度を彼女に対して……自分に対して誤魔化す為に話題を変える。


「えー?だって私、もういい大人だし……なんか恥ずかしいよ」
「なんで。日本ではみんな、神社とかで普通に神様にお願いしてるじゃない」
「……そっか。そいえばそうだね」
じゃ、そんな感じで……えーと……。


なのはは私の言葉に納得したらしく、ポン、と軽く手を打ってみせてから。
首を巡らせてもうすっかり貴重になってしまった光の筋を見つけるべく目を凝らす。




「…………」
「…………」
「……こう、いざ構えるとダメみたいなことってありがちだよね……」
「ハハ……まぁ、ピークの時間過ぎちゃったしね……」


おそらく十数分は経過しただろうか。
まったく期待した変化を見せてくれない星空に、私たちのテンションもやや下がり気味。

同じタイミングで向き合ったお互いの表情で、この時間を終わらせることが決定する。


「なんだかちょっと終わりが残念だったね……」
「結果的にヴィヴィオが一番美味しいとこ取り、みたいな」
「あー、そういえば高町教導官の指導でも "引き際が大事" って厳しかったよね?」
「う、うぅ〜……面目ないですぅ……」


私のちょっとしたイジワルに反論することもなく、柵に乗せた両腕に顔を埋める彼女がとても可愛い。

栗色の柔らかな髪が絡まぬように静かにその頭を撫でながら、なんの気なしに尋ねたなのはの願い事。
んー?と、顔を半分上げて少し照れ臭そうにはにかみ、声量は小さいながらもはっきりとした口調で教えてくれた。



『 幸せになりますように 』



その言葉に無意識にピクリと反応した私の右手は、なのはの頭上からそっと遠ざかり本来の位置である私の体の横へと収まった。



現実を知る。

……いや、とっくに知っていたくせに知らないフリをしていた。



こんな二人の時間に満ち足りていたのは私だけで。
なのはの幸せはここにはなくて、この先で結ばれる誰かと共にあるんだ。
私には……


ぺちっ!


「……!?……」


突然、前髪が軽く左右に分かれて露わになっている額部分をなのはに掌ではたかれた。

い、いたいな、結構。
わざと前髪が無い所を狙ったね、これ……。

当のなのははといえば、両腕を組んで何でもお見通しみたいに余裕のある微笑みまで浮かべていて。


「ハズレ」
「な、なにが?」
「残念ながら、今フェイトちゃんが考えたであろうことは、ハズレです」


……いつの間にやらクイズの時間になっていたようだ。
唐突過ぎて意味が分からない、と額を押さえつつ異議申し立て。


「だってフェイトちゃんが今みたいな顔するときって、ゼッタイ変に誤解してる時なんだもん。……違う?」
「……変に誤解なんて……してないと思うけど」


だって誤解する余地もない話だし。
それなのに自信満々な彼女に少しだけイラついた。


「してるよー。してるしてる。幼馴染を舐めちゃダメだよ!」
   わかった。じゃあそんなに言うなら、私の誤解、解いてみせてよ」


大人げないのは分かっているけど、ついムキになって言い返す。


「いいよ。じゃあ、フェイトちゃんがさっき何を考えてたか教えてくれる?」
「えっ?」
「だってそうしないと何をどう誤解してるか説明出来ないじゃない」
「あ……いや、その……」



私以外の誰かと幸せになる君を想って嫉妬しました。



   なんて、言えるわけない。むむむ無理、無理っ。

口ごもる私をよそに、やっぱりなのはは見透かしたような微笑みのまま大きく一つ伸びをした。


「さーって、思う存分リフレッシュしたことだし、帰ったらまたお仕事がんばりますよー!……ねっ、フェイトちゃん?」
「あ、うん。でも、頑張りすぎも良くないよ?程々にしないと……」
「もー、心配性だなぁ。大丈夫、私にはフェイトちゃんとヴィヴィオがいるもん」
「え…………」
「だから色々とね、頑張って!努力して!一生懸命に!   それで三人でもーっと幸せになるの」


そして、まるで教導官として生徒に指導している時のように、何の迷いもない力強い眼差しで私を導く。


「いい?私たちの幸せは、こんなものじゃないよ?まだまだ足りない、まだぜんっぜん遠いんだからねっ。私、本気モードだよ」
フェイトちゃんも必死でついてくるように!




ああ、そうだ。忘れてた。

いつもいつも私の願いを叶えてくれるのは、流れ星なんかじゃなくて目の前にいるこの人。


空なんか見上げていないで、なのはだけを見てればいいんだ。




「望むところ。負けないよ」


正面に見据えて言い切ると、彼女は満足気に頷いた。





   完


来年こそは流星群見たいなぁー。今年もちょっとだけベランダから覗いたんだけど周りが明るくてアカンかったですわ…。
お盆の頃のネタを10月過ぎまで放置してたのはラストあたりとタイトルが決まらなかったから。
ちなみに仮タイトルは『流れ星探し隊』。これはないわ(笑)。





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