『 涙の理由 』



私は自宅のソファーで今まで観ていた映像のスイッチを落とすと、苦々しい思いで天井を仰ぎ瞳を閉じた。

はぁ〜……。


「……もう、一体何やってるの、フェイトちゃん」


ヴィヴィオを寝かしつけたあと、私が観ていたものとは。

最近のフェイトちゃんの戦闘記録。
もちろん、公式な資料として公開してあるものばかり。局の人間なら観ようと思えば誰でも観られるものだ。

六課出向を終えてから、同じ任務に就くこともなく、彼女の仕事振りは本人や周囲の話から聞くことは出来たけれど、戦闘においての様子はこの映像で初めて目にした。

何故、現在仕事上は関係ない私が、こんな映像を観ることになったのかというと。
昨日、元教え子でフェイトちゃんの補佐を務めるティアナから軽く相談を受けたからだった。

フェイトちゃんたちは今、ミッドにほど近い次元世界の事件を扱っているようで、艦の転送ポートを使って、よくミッドに仕事やプライベートで戻ってきている。

現に一週間前、フェイトちゃんが休日にウチに遊びにきてくれたばかりだった。

たまたま局内でティアナの姿を見かけて、昼食の約束をして、食事を摂りつつお互いの近況を世間話レベルで話していたときのこと。
補佐に就いて半年を過ぎるあたりになったティアナは、少しは慣れてきたと笑顔を浮かべた後、ただ、と一転して表情を曇らせた。


「どうしたの?何か不安?」
「不安は……まだまだいっぱいあります。けど、そうじゃなくて」
「うん」
「仕事に慣れても、私、未だにフェイトさんに信用される補佐にはなれてないから」


ティアナの口から出た言葉に、私は首を傾げる。

確かに、ティアナは自分の実力をどちらかといえば過小評価するタイプだ。
しかし、先日フェイトちゃんに会った時に、とても嬉しそうに『ティアナがすごく良くやってくれている』と聞いたばかりだった。
その口ぶりと表情からは信頼の色がうかがえて、私も嬉しくなった。

ヴィータちゃんなどとは違って、フェイトちゃんの性格上、そういうことは隠さず本人に伝えていると思ったんだけど。


「そうかな?フェイトちゃん、こないだ私にティアナのこと誉めてたよ?」


私がそう告げると、困ったように微笑んだ。


「はい……。私にもそう言ってくれてはいるんです」
「じゃあ、大丈夫だよ。フェイトちゃん、嫌味とかお世辞とか言えない人だし」


本人は否定するけど、すぐ表情に出るんだよね。
分かりやす過ぎて、仕事上上手くやっていけてるのか、時々心配になるほど。


「普段はともかく、特に交戦状態のときに痛感します」
「戦闘のとき?」
「はい」


武装隊ではなくても、常に現場の前線で指揮を執るフェイトちゃんは止む無く力で相手を抑止しなくてはいけない場面が多々あって。

六課で功績を上げてからは、更にそういう任務に回されることが多くなったらしい。


「多分、私が頼りないからだと思うんですけど、フェイトさんが一人で全てをこなそうとしている感じで」
「…………」
「ひどく消耗していたり、ケガをされたりすることもあって、私がちゃんとしていたら、なんて」
「……そっか」


ティアナの言葉どおり、時々会うフェイトちゃんは、左手に包帯を巻いていたり、足を少し引きずっていたり、ケガをしていることがあった。
もちろん、心配ではあったけど、そんなに大きなケガではなさそうだったし。
仕事のことに踏み込むのも躊躇われて私もあまり深く追求しなかった。

さすがに額にガーゼを貼っていた時は、回復魔法で治してもらうよう進言して。
顔に傷が残ったらどうするの、まったく。

けれど、ティアナの戦闘技術は、フェイトちゃんが怪我してまで補わなければならないほど、拙くはないはずだ。
よほど相手が格上でない限り、ちゃんと通用するだろう。
そうなるように私は、鍛えたのだから。


では、なぜ?


とりあえずティアナには、力強い励ましの言葉を贈って、昼食を終えた。

それから、局の資料を検索する。
すでに報告書があがって任務として完了しているものならば、閲覧は可能だ。
その中からフェイトちゃんが関わっている比較的最近のものをいくつか抜き出すと自宅へとデータを転送した。

そして、それを観終えた私の感想が、溜息とともに漏れたあの一言。


「あんなやり方じゃ、そりゃ怪我だってするよね……」


おかしい。

フェイトちゃん、いつからあんな戦い方を?
少なくとも、六課で一緒に出た時はそんなことはなかった。
六課に出向になる前も、何度か同じ空を経験したけれど、記憶にない。

これはちょっと、放っておけないかな。
一週間前に会った時に感じた微妙な違和感。もしかしたら……。

少し遅い時間ではあったけれど、私はフェイトちゃんに連絡を入れて二日後に家を訪ねる約束をとりつけた。





「いらっしゃい」
「うん。お邪魔します」


手土産のケーキを渡しながら、靴を脱いで家の中に入れてもらう。

フェイトちゃんは午前中に局での仕事を終え、午後は半休らしくラフな格好で迎えてくれた。
一方の私は、仕事を定時で終えてからなので、いつもの制服姿。


「どうしたの、急に」


珍しいね、と言いながらお茶の用意をしてくれるフェイトちゃんの一挙手一投足を私は注意深く目で追いながら。


「ちょっと、ね。気になることがあって」
「気になること?ふ〜ん……私のこと?」


まぁね、と言葉を濁す私に、一瞬何か言いたげな眼差しになったけれど、そのまま紅茶とケーキの準備を続け、ソファーに腰掛けていた私の元へと運んでくれた。

……ああ、うん。多分、あそこかな。

この前感じた違和感と今日の彼女の様子をすり合わせて、私は推測し、その推測の正誤を確かめるべく左手を軽く振って加減を調節する。

あんまり強くすると痛くて可哀そうだし、これくらいで。


「なのは、何やってるの?」


左手を動かす私を怪訝な表情で見つつ、隣に座ろうとしたフェイトちゃんを私は制止し、対面に立つ。


「フェイトちゃん、右手、ちょうだい」
「????」


握手のように右手を差し出した私に、訳も分からず条件反射的にフェイトちゃんも右手を差し出してきて、軽く握りあう。
そして、右手を差し出したことで無防備に空いたフェイトちゃんの右の脇腹の少し上のあたりを狙って。


ぽんぽんぽん。


左手で軽く3回叩いた。



「〜〜〜〜〜〜っっっ」



すると予想通り、声にならない声をあげ床に崩れ落ちると、右胸のあたりを庇うように抱え、悶え苦しむフェイトちゃん。


「肋骨?」


コクリ。


「前会った時、ちょっと動作が変だったのは、コルセットか何か着けてたから?」


コクリ、コクリ。


「病院は?」


…………ふるふる。


躊躇いがちに首を横に振るフェイトちゃんに、私は呆れた眼差しを向け。
痛みが落ち着くまで待って、なるべく負担にならないように手を貸してソファーへと引き上げた。


  




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