『 願いごとはふたつ 』
"Accel Shooter"
短い詠唱の後、なのはの周囲数メートル離れた付近に、ピンク色のスフィアがいくつも浮かび上がる。
その数は、ざっと見、十数個といったところか。
なのはが閉じていた瞳を開くと、それを合図に一斉に対峙しているフェイトへと向かって魔力弾が発射された。
一直線に飛んでくるモノ、遠回りに背後へと回り込むモノ、頭上から狙いを定めるモノなどなど、それぞれが見事な独立性を持って誘導されている。
けれど。
「まだ遅い」
フェイトは小さく呟いてバルディッシュを握り直し、空中へと飛び上がった。
「あー、やっぱり、フェイトちゃんクラスのスピードだと、全然ダメかぁ」
「全然ってことはないけど、スピードが増した分精度がちょっと落ちてたし……そーだねぇ、強化するなら弾数の方がメリット高そう」
「だね。うん、そーする。目標30!!」
「今は?」
「ギリギリ25ってとこ」
「へぇ……」
RHと今後のことを軽く検討しているマスターへ、フェイトは感心の眼差しを送る。
確か、数年前は正確に誘導制御出来る数は20に届かなかったはず。
そう思うと、目標クリアもそう遠くない未来だろう。
「よし、こんなところで。今日は付き合ってくれてありがとう、フェイトちゃん」
「いいえ、どういたしまして」
お互いバリアジャケットを解除して、デバイスを待機モードへ。
二人、訓練室を後にした。
今日はなのはとフェイト、二人揃って休日のはずだけれど、制服を着用し局の廊下を歩いている。
こうして、なのはがフェイトに練習相手を頼むことは珍しくない。
そして、フェイトはいつも快く承諾するが、それにはいつも一つだけ条件を付けた。
「じゃあ、お礼に夕飯私が作るね。手伝ったらダメだよ?」
お礼にならないんだから。
フェイトの隣を念を押すように顔を覗き込んで言うなのはに、はいはい、と苦笑を洩らす。
相手をするにあたってフェイトが付ける条件というのは、夕飯をご馳走になることではもちろん、ない。
それは 。
「……ねぇ、フェイトちゃん」
「なに?」
「あの、ね。来月の戦技披露会……リンディさんの推薦、断ったんだね」
「ああ……うん。ほら、元々私、武装隊じゃないし。……ごめんね、なのは」
毎年本局で行われる戦技披露会。
今年は来月に開催され、戦技教導隊所属の高町なのはがまず選出されて。
その対戦相手を決めるにあたり、名前が挙がった最初の候補がフェイトだった。
なのはと互角に渡り合える相手と言うのは、本局広しといえどさほど数は多くない。
その上、それほどの実力を持っているとなれば、もう既に管理職級の職に就いており現場の一局員といえるなのはの対戦相手として選出するのは難しかった。
一番強く推薦したのは母親であるリンディであったが、特に異論も出るわけはなく、先日上司からフェイトにその旨を打診され、そして フェイトはその場で考える時間すら貰うことなく辞退を申し出た。
「いつかまた、フェイトちゃんと思いっきり手合わせしたいなぁ」
「…………」
なのはが墜ちたその後から、フェイトはなのはと模擬戦を一切しなくなった。
今日のような魔法の練習相手にはなっても、なのはの魔法を受けるのみ。
フェイトの方から仕掛けることはない。
それがフェイトが付けた条件だった。
「もう、あの時のケガも全然影響ないんだよ?ほんとだよ?」
「それはわかってる。だけど」
フェイトの方へ乗り出して一生懸命なのはが主張しても。
いつも困ったように微笑む彼女の一言で、この話題は打ち切られる。
「ごめんね」
ガコン、ガコン。
シャワーを浴びてから訓練室に戻る途中の廊下に設置してある自動販売機でスポーツドリンクを二本購入して、フェイトはそのうち一本をシグナムへと手渡す。
「いただこう」
「どーぞ。……缶ジュース一本奢るだけなのに、悔しいなぁ」
はぁ、と大きく肩を落とすフェイトへ隣を歩くシグナムがさも愉快、という口調で応える。
「何を言う。前回は私が奢ったんだぞ。総合成績でも五分、お互い様だ」
「まぁ、そうですけど」
フェイトは缶ジュースを手の中で弄びながら、それでも納得いかないように少々口を尖らせた。
「もう少しで私が勝てそうだっただけに、ちょっと」
「ああ、詰めが甘いからな、お前は」
「うっ……」
シグナムに笑われて、更にフェイトの肩が落ちる。
二人は訓練室に併設された休憩室へと入室し、ソファーに腰掛けて一息入れる。
たまたま用があって本局に来ていたシグナム。
フェイトも勤務時間内だったけれど、ぽっかりと空き時間が出来たため、誘い合わせて隣の訓練室にて模擬戦を行ったのだ。
二人で実戦形式の訓練をする機会は多く、いつからか、負けた方がジュースを奢る、というルールまで出来ている。
「そういえば、お前が断った例の話、私にお鉢が回ってきたぞ」
「例の……?あ、来月の戦技披露会……そうですか。返事は?」
「もちろん、受けたさ。お前の相方クラスの魔導師と、公式に何の制約もなく立ち合える機会などそうそうないからな。今から胸が高鳴るよ」
「……一応、制約ありますけどね……」
フッフッフッ、と瞳を細めて楽しげに語るシグナムに、小さな声で突っ込みを入れるも、その耳に届いた様子は見られない。
なのはも優しい顔立ちとは裏腹に、生来の負けん気の強さを持っている。
きっとそれは壮絶な試合になるだろうことを思って、フェイトは天を仰いだ。
「で、テスタロッサ。お前はいつまで逃げ回るつもりだ?」
シグナムの問いかけに、フェイトは天井へ向けた瞳をゆっくり一度瞬きしてから隣の騎士へと戻す。
そして、飲み物を一口含んでから。
「……これから、ずっとです」
静かに答えた。
「ほほぅ。それが可能ならばな。あれは、相当しつこそうだが」
「あはは。なのはが聞いたら怒りますよ」
「お前がそのような態度を続ける方が、余程怒りを買うだろうに」
シグナムはあと少し残ったドリンクを一気に飲み干すと、空き缶を備え付けのダストボックスに捨てて。
再びフェイトの隣へと腰を下ろしゆっくりと足を組む。
それは明らかに話の続きを促す態度であり、フェイトは心中で溜息を吐いた。