『  Next Step  』




最寄りの駅に着いて改札を抜けると、制服のスカートのポケットから携帯電話を取り出した。
特に今、携帯に用があるわけではなかったけど、確認する癖がついてしまっているようだ。

チラッと頭を"携帯依存症"という文字が掠め、小さく苦笑を洩らす。

依存するほどではなくても無いと不便に感じるくらいの使用頻度はあるその携帯には。
着信メールがあることを知らせる光が点滅しており、歩きながら携帯を開くと見知らぬアドレスが表示されていた。


『おつかれさまでした。
今日はゆっくりして明日からまたがんばりましょうね。
オヤスミなさい。 美穂子』


あ、彼女から……。
先ほど別れたばかりの美穂子のメールアドレスはまだ私の携帯に登録されていなかった。

届いたメールは短文で、知人に宛てた挨拶程度の内容と言えなくもなかったけれど。

私は思い出し笑いを隠そうと口元に手を当てる。

今日の夕飯の件について誰かにメールを打つ美穂子の姿が脳裏にフラッシュバックした。

どんな重要事項かと思ってしまう程の真剣な表情で、たどたどしい指先の動きに合わせて一文字一文字音読しながらのメール作成。
あまりに集中しているせいか、頬が少し上気までして。


「このメールも周りの人に内容ダダ漏れよね、きっと」


そう独り言を口にして笑ってから、これでは自分も独りで読み上げながらメールを打つ美穂子と大して変わらない事に気づいて、更に可笑しさが増す。

でも、電車内で他の乗客がいただろう彼女とは違って、幸いにも私が歩いているのは自宅へ向かう田舎道。
誰にも見咎められることはない。

さて、返す言葉はどうしよう。

メールが届いた時間は私が駅の改札を抜ける少し前。
自分からメールされても迷惑じゃないかと思ってた、と眉尻を下げる美穂子の顔が浮かび、この一通も躊躇い半分、それでも、と一生懸命送ってくれたのだろうか。


「ほんと、可愛いわね〜」


同学年の相手に対して、ある意味失礼な言い草ではあるかもしれないけれど。
美穂子の事を思うと何だか自然に顔が綻ぶ。

彼女へのメールの返事を考えつつ歩く私の足取りは、テスト疲れなど忘れてしまったように軽かった。





「かいちょー!もうオレダメっす〜」
「私はもうすぐ"元"会長よ。しっかりしなさい、次期会長」


引き継ぎの資料に突っ伏して泣き事を言い始めた後輩の頭を丸めた資料でポコリと叩く。
二学期になりすぐ行われた選挙により私の後任も決定して、こうやって徐々に仕事の引き継ぎをしているところだ。

余談だが清澄は"生徒会"ではなく"学生議会"と呼ばれる組織があり、正しくは"議会長"となるのだが、実際にそう呼ぶ生徒は少ない。

渋々資料に再度目を通し直す次期議会長を半分からかいながらせっついていたら、声をかけられた。


「おーい、竹井〜。麻雀部の後輩、来てっぞ!」
「はいはーい」


返事をしながら声の方へ視線を送ると、そこには"現"麻雀部の部長が小さく手を挙げている。


「あら、まこ。どしたの?」
「急ぎの用でもないんじゃが。……忙しそうじゃけぇ、出直そうか?」
「んー、実際には私はやる事ないのよね。彼ががんばるだけだから」


私が振り向いて次期会長を親指で軽く指すと、まこは現状を把握したのか小さく肯いてから頬をポリポリと掻いてみせた。


「あー、わしの用件も似たようなもんじゃ。来週部長会があるじゃろ?前部長からちゃんとした引継ぎをしてもらいとぅ思うて」
「えー……」


インターハイが終わってから麻雀部の部長は唯一の二年生であるまこに譲り、私は事実上の引退。
だからといって、麻雀部と関わりを断つことはないし、後輩の指導という名目で気晴らしで対局しに顔を出すつもりでいる。


「したじゃない、引継ぎ」
「五分で終わるやつはな」
わしは今"ちゃんと"と言ったんじゃ。


渋い表情をしたまこの指摘に私は惚けた笑いを返して。
自分の荷物を手に取ると部屋にいる執行部の人間に、あとはよろしく、と言い残して学生議会室を後にした。


「他の皆も部室に来てるの?」
「いや、いなぁで。今日は休みじゃけぇ」
「そっか、残念ね〜」
「夏休み麻雀漬だった分、せめて今月くらいはぼちぼち勉強させんといかんメンバーがおるけぇね……」
「納得。その匙加減も部長の腕の見せ所ってね!」
「あんた、そんなもうすっかり他人事みたいに……」


こめかみに指をあて溜息を吐くその姿は既に部長として様になっている。
彼女がいてくれるから私は安心して部を去れるのだ。


そして、これまでは毎日のように通っていた麻雀部の部室に数日ぶりに訪れる。

懐かしさのあまり思わず瞳を細めた。


「なんじゃ、ちぃと来んかっただけでホームシックでした、みたいな顔になっちょるよ?」


部室の扉を開いて立ち止まっていた私の横で、まこがクスリと笑う。


「……まこ、あなたも一年後ここに立って私と同じ顔するわよ、多分ね」
「一年後ねぇ……」


まだピンと来ないのか、首を捻るまこの背中を軽く押して部室へと促した。
私は使い慣れた麻雀卓の縁を人差し指でなぞりつつ、感慨に耽る。


「言うなれば、私の青春の一ページってとこかしら」
「……そういう恥ずかしいセリフ、よぅしれっと口から出るもんじゃのぉ。感心するわ」
「良いじゃない。高校生らしいでしょ?」
「はいはい」


軽口のようではあるけれど、私の言葉は本心に近い。

良い事、悪い事、色々な想い出が溢れるこの場所。
まこが初めてここに来てくれた日のことだって、まるで昨日のことのように覚えている。



  




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