『ストロベリーシェイクSweet 〜そして解禁へ〜 』
ということは、二人が結ばれるのは難しいと?
『ですね〜。でも、その色々な障害を越えていけるよう観てくださる皆さんに応援して頂きたいな、と』
そして、キスシーンもあるというお話ですね。
『あはは。緊張しますが、主人公とヒロインの想いを表現する大事なシーンなので、照れずに大切に演じたいと思います』
……はぁ。
私は何度目かしれない樹里亜さんが載っている雑誌のインタビュー記事を読んで溜息を吐く。
「大切に演じたい、かぁ」
最近アイドルという肩書ではありながら、女優としての仕事も増えてきた樹里亜さん。
評判は上々で、今回恋愛ドラマのヒロイン役に抜擢された。
それは、とても喜ばしく、私も素直に嬉しい。
けれど。
キス、シーン……だって。
キスシーンがあることは、別に内緒にされてたとか、そんなんじゃなくて。
最初にドラマの話が決まったと樹里亜さんから聞いたときに、ちゃんと相談をしてくれた。
私はもちろん、樹里亜さんがこの役をやりたいと強く思っていることがわかっていたので、彼女の背中を押すように諸手を挙げて賛成した。
…………本当は、すごく、すごく嫌だったけど。
でも、私のせいで樹里亜さんの仕事の幅を狭めたりして欲しくなかったし、何より、仕事で輝いている樹里亜さんを見るのが好きだったから。
やると決めたからには、彼女はこのシーンも精いっぱい、全力をもって演じきるのだろう。
私はそんな樹里亜さんに憧れて、尊敬して……恋をした。
だから、こんな子供じみた嫉妬なんて、しちゃダメだよね。
仕事……なんだ。
…………なんだもんね。
そう自分を納得させたはずなのに。
今日、例のシーンの撮りがあると考えただけで、私の心はずっとモヤモヤしっぱなし。
有難いことに、私の撮影自体は午前中だけだったので、自分の仕事に影響が出る前に何とか終えることは出来た。
「でも、私たちの初めてのキスも『仕事』だったんだっけ」
思わずそう呟いてから、自分の発言に後悔。
ばかだ、本当にばかだ、私。
今そんなこと思い出したら、余計凹むに決まってるよ……。
一緒に暮らし始めてしばらく経つのに、未だキスから先に進めない私たち。
…………あ。
今、すごく怖いこと考えちゃった。
私たちが仕事でのキスで関係が変わったように、樹里亜さんが今回の相手役の人と、なんて。
だって“樹里亜さんとキスをした”という点においては、私とその人はフィフティーフィフティー、対等の立場だし。
いつまでもグズグズしてる私を呆れて見捨てる可能性だって……。
「あーーーっ!ダメだダメだ!そんな事考えちゃっ!」
今朝、私よりも早く出かける樹里亜さんの申し訳なさそうな微笑みが脳裏に浮かぶ。
私は自分の頬を両手でパンパン!と叩いて気合いを入れた。
そうだ、ダメだよ。
樹里亜さんにあんな顔をさせるなんて。
プロとして割り切って仕事に打ち込む彼女のお荷物にならないようにしなきゃ。
まだまだこの世界では未熟な私が想像してるよりずっと、厳しい世界なんだよね。
樹里亜さんが生きてる世界は。
「よし!」
溜息を吐きながら眺めていた雑誌をパタンと閉じて、ソファーから勢いよく立ちあがる。
と、そこへ。
「らんらーん!ただいま〜」
ちょうど樹里亜さんが帰ってきたので、玄関まで迎えに出た。
「おかえりなさい。結構早かったですね」
「うん!今日はすっごく順調に撮影が進んだの〜」
靴ひもを解きながら私を見上げ元気な笑顔を見せる樹里亜さんに、私もいつも通りの微笑みを返す。
いつも通り、いつも通り……心の中で何度も繰り返しつつ。
「ごめんなさい。樹里亜さん、こんな早いと思わなかったから夕飯、まだ作ってなくて」
「ん?何で蘭ちゃんが謝るの?連絡しなかったの、あたしだし」
特に同居生活で当番とかは決めてなくて。
早く帰ってきた方が作る、ということに自然になっていた。
必然的に仕事に余裕がある私の方が作る割合が多かったけど、別に不満はない。
元々独り暮らしが長かったし、誰かのためにご飯を作ることや、誰かと一緒にご飯を食べることが楽しくて嬉しい。
その相手が好きな人なら喜びも倍増だ。
「ちょうどいいじゃん。久しぶりに一緒にご飯つくろ?」
「はいっ」
ね?、と小首を傾げる樹里亜さんが可愛くて、ちょっとドキドキしてしまう。
「その前にシャワー浴びてきちゃうね」
部屋に着替えを取りにいく背中を見送って、私は一つ息を吐く。
それからキッチンで冷蔵庫を覗いて献立を考えていたら、バスルームの扉が閉まる音が聞こえた。
「…………撮影、順調だったんだ…………」
さっきの彼女の言葉を思い出し、冷蔵庫の扉を握る手に力がこもる。
ということは、すなわち。
例のシーン……キス、シーンも滞りなく撮り終えた、ということで。
…………。
「だからっ!ダメだって!!気にしちゃっっ!!!」
想像してしまった樹里亜さんと知らない誰かのキスシーンを追い出そうと、思い切り頭をブンブン振り回す。
うん、忘れたっ。
大丈夫、私、頭悪いし!
「…………ちょっと頭が良くなる献立とか検索してみよう……かな」
キッチンから離れて二人で兼用で使っているパソコンの前に腰を下ろして。
カタカタカタ 。
ザーーー……。
「へー、本当にそんなので検索出来るんだ」
私はそんな曖昧なキーワードでもたくさんの結果が出てきたのに驚きながらも、面白そうな所はクリックしてみたりして。
カチカチッ。
ザーーー……。
「やっぱりお魚かぁ。買い置きしてないからパスだな。他には……」
カチカチッ。
ザーーー……。
「んー……」
そうやって暫くパソコンと向かい合っていた私は、先ほどからずっと背後に聴こえるザーッという水の音に違和感を覚えた。
……あれはシャワーの音じゃなくて、蛇口から流れる水の音だ。
最初は樹里亜さんがシャワーの前に洗面台でお化粧を落としているのかと思ったけれど。
それにしては時間がかかりすぎている。
ちょっと様子見てこようかな……。
私は『決してシャワーを覗こうとかそういう意味じゃないんです!』と見えない誰かに向けて言い訳しながら、バスルームへと足を向けた。
コンコン。
「失礼します。樹里亜さ 」
ノックをしてからゆっくりと扉を開けると、そこにいたのは。
「ヒック……ゥ……ヒッ……」
洗面台に両手をついて、勢いよく流れ出る水道の音に紛れるように号泣している樹里亜さんだった。
ええええええええ〜〜〜〜〜〜っ!
「すすすすすすすいましぇんっ……!!」
私はまったくの予想外で、しかも、見てはいけない所を見てしまったような気がして慌てて謝罪し、その場を離れるため背を向ける。
動揺で噛んでしまったのだって、仕方ないよね、うん。
ボスッ!
すると背中が軽いとは言えない衝撃の後、温もりに支配され。
その場所からは止まらない嗚咽が響いてくる。
「あ、あの……じゅり……」
振り向こうにも、背中からがっちり抱きつかれているので体の向きを変えられない。
仕方なく首だけ捻って樹里亜さんの様子を窺った。
しかし、その無理な体勢では私の背中に顔を押し付けている彼女のつむじしか見えなくて。
うーーん。
どうしたもんかなー……。
とりあえず、樹里亜さんを背中にくっつけたまま水道の水を止める。
そして、途方に暮れた私の耳に届いてきたのは、涙に掠れた樹里亜さんの弱々しい声だった。
「……だった……ごく……た……」
「え?何ですか?何かあったんですか?」
良く聞き取れずに問い返すと、私のお腹に回した樹里亜さんの両腕の力が更に強くなる。
「……イヤだったよぉ……しごと……だけど……分かってるけど……」
「樹里亜さん……」
「イヤだったの……蘭ちゃん以外の人に触れられるの、すごくヤだった……」
「…………」
「プロとして、そんなんじゃいけないのにね。あたし、ダメだぁ……」
ああ、そうか。
そうだったんですね。
私との時も、私が勝手に樹里亜さんは仕事として割り切ってるんだと思い込んでいただけで。
もしかして、あなたも私と同じだったのかな。
「ダメじゃないです。それでもちゃんと演じきった樹里亜さんは、やっぱりスゴイです」
それなのに、私は樹里亜さんが独りで泣いている姿を見て、抱きしめてあげるどころかその場から逃げようとしたなんて。
樹里亜さんの腕を外して正面から向かい合う。
多少落ち着いたのか、涙をぬぐいながら少し照れ臭そうな表情をしていた。
「ごめんね。心配かけて。何か蘭ちゃんの顔見たら、抑えられなくなっちゃって」
「いいですよ。心配なんていっぱいさせてください」
小さく首を横に振って自分の涙を拭う樹里亜さんの手を握り、代わりに私の唇で拭ってあげる。
「ら、らんらんっ?!え、あのっ、もうダイジョウブっ」
「嫌ですか?」
「……い、嫌じゃない……です」
顔を真っ赤に染めて動揺を隠せない樹里亜さんが、可愛くて愛しくて仕方ない。
本当に私、樹里亜さんの事、好きなんだなぁ。
「よいしょっ」
「うわっっ!ちょ!」
予告なしでいきなり抱きあげられて、樹里亜さんから驚きの声が上がる。
でも、私はそれを聞き流し。
「もう逃げませんから」
さっきみたいに逃げるようなこと、しませんから。
いわゆるお姫様抱っこの体勢で間近にある彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて、告げる。
「は?えーと」
理解しかねる、という様子で困っている樹里亜さんを私はそのまま寝室へと連れてくる。
「あの……らんらん??」
そして、ベッドへ腰かけるように下ろし、私もその隣へ並んだ。
「私、自覚はないんですけど結構ベタな事をやるタイプみたいで」
「……ふ、ふ〜ん??」
「消毒、してもいいですか?」
「……消毒……・?」
私の言葉をそのまま繰り返し、その一瞬後。
樹里亜さんは体中を茹でダコのように赤く染めた。
それから一旦視線を斜めに逸らし、またすぐ私へ戻す。
その短い間に、樹里亜さんの瞳は熱で潤んでいた。
「……うん。して」
「はい」
返事をするのももどかしく、口づけを交わす。
それは、いつもの遊びのようなキスではなく、求めあう口づけ。
「……んっ」
「ぅん……」
キスの方法なんて知らない。
何が正解かなんて関係ない。
私は樹里亜さんが欲しくて。
樹里亜さんも同じ。
そんなシンプルなことだけ考えて抱き合えば良かったんだ。
私たちらしく愛し合えば良かったんだ。
樹里亜さんのためにちゃんとしてあげなくちゃ、なんて足踏みしていたのは、単に私が逃げていただけ。
バカだ、バカだ、とは思っていたけど、とことん私ってバカだなぁ。
……明日は夕飯、お魚にしよう。
私の背中を彷徨っていた樹里亜さんの手がピタッと止まって、それからゆっくりと離れた。
不思議に思い、段々深くなっていくキスを中断して、至近距離にある鳶色の瞳を覗き込む。
すると、樹里亜さんは両手を拝むように合わせて、しきりに謝罪の言葉を繰り返し。
「樹里亜さん?」
「ごめんねっ。マジでっ」
「何がです?心配とかさっきの事だったら別に」
「ち、違うの……えーと……背中に」
「背中?」
「蘭ちゃんのTシャツの背中にあたしの鼻水がついちゃって」
……カピカピになってます。
「…………」
プッ!クククク……。
我慢できなくて肩を震わせて笑っている私に、申し訳なさそうな恨めしそうな眼差しを送る樹里亜さん。
うん。すごく私たちらしいかも。
「いいです。どうせ、すぐ脱ぐし」
「ぬっ!ぬ、ぬぬぬぐぐぐ」
ブハーーーッ!!
「わーーー、樹里亜さんっ!鼻血がっ」
「ごめん〜〜〜〜。このクセ直らないのぉ〜〜〜」
急いでティッシュを取って樹里亜さんに手渡してから、念のため。
「鼻血止まったら、続きしましょうね」
「…………そーゆーこと、気軽に言わないで。止まらなくなるから」
翌朝、私の隣で目を覚ました樹里亜さんが、開口一番『解禁!』と叫んでいたけど、その意味は教えてもらえなかった。
完
初の『なのは』以外のss。ストシェの2次なんて読んだことないくせに無謀なことしたな、私……。