『 少佐と中佐とグーパンチ 』





連合軍第501統合戦闘航空団通称STRIKE WITCHESの団員はシフトの空き時間といえど、ネウロイの襲撃に備えて準備に余念がない……のはほんの一握りで。
ここ、ストライカーユニットの格納庫で自分の機体の微調整をしている美緒、シャーロット、ルッキーニを除く面々は恐らく寝ているか遊んでいるか。
この場にいるシャーロットも厳密には趣味の一環として機体いじりを楽しんでいるだけだし、ルッキーニにおいてはシャーロットにくっついて格納庫に来ただけで、なにやら一人遊びでご機嫌そうだ。
だからといって美緒とてその事を苦々しく思っているわけでもなく、四六時中緊張の糸を張り詰めていて肝心な時に切れてしまっては元も子もない。
逆にこのような戦場の最前線でリラックスすることが出来るメンバー達を頼もしく思っている。


「あら、あなたたちこんな所にいたのね」
「……ミーナ?」
「今、宮藤さんとリーネさんがお茶の支度をしてくれているから、頃合いみて戻ってきて」


じゃあ、といきなり格納庫の入り口に姿を現したこの団の隊長は、用件だけ告げるとサッと踵を返し立ち去ってしまった。


「ワーイ!おやつっ!おーやつっっ!!」
「…………」
「さぁて、んじゃ切り上げていくか……ん?どうした、少佐」


ミーナの後ろ姿を無言で見送ったまま手を止めている美緒に気づいてシャーロットが声をかける。
すると、美緒はハッと我に返ったように一度かぶりを振ってから、バツが悪そうに頬を掻いてみせて。


「あ、ああ、すまない。……いや、なんだか最近ミーナに避けられているような気がしてな」
「……っ」


その理由に心当たりがありすぎるシャーロットは思わず息をのむ。
気のせいだろうか、と両腕を組んで考えている美緒は彼女からしてみれば随分とのん気に構えているように思う。

その"最近"というのは、例の洞窟での一件以降であることは明白で。

真実を伝えるべきか    

シャーロットはほんの数秒悩み答えを出す。
その早さは流石にスピードを誇る彼女ならではか。


「少佐、実は……」


美緒にこの間の出来事を教えてしまう事にした。
何故ならば。

もちろんその方が面白いから。


「……ってことがあったんだよ」
だからじゃないか?


一応ルッキーニには声が届かないよう配慮して、シャーロットが小声で事の顛末を話す。
それを聞いた美緒は、一時まるで刻が止まってしまったかのように固まって、そして。


「ばっ、ばかなっっ!私がミーナに接吻して逃げただとっっ??!!」


声を潜めた配慮など吹き飛ばしてしまう大きな声で訊き返す。

正確にはキスではなくワインの口移しだったのだが。
軽めに伝えたのはシャーロットのごく僅かな気遣いかもしれない。

二人の会話に気付いたルッキーニが興味津津で寄ってきた。


「なになに〜?何の話??」
「な、なんでもないっ。ルッキーニ、お前は先に行っていろ!」
「え〜〜、二人でズルイズル〜イ!」


美緒に一喝されて不満げにしながらも、指を咥えてスゴスゴと撤収するルッキーニがいなくなってから、美緒は再度同じ質問を問い返した。


「私がミーナに接吻して逃げるなど……シャーリー、からかっているのか?」
「違う違う。ホントなんだって!」
「……証拠は?」
「あたしだけじゃなくてバルクホルンやハルトマンもその場にいたから聞いてみりゃわかるさ」
「そ、そんな大勢いる前で……?」
「大体、ワインで酔っぱらってる間の記憶ないんだろ?あたしが嘘を吐いてるなんて少佐だって証明出来ないじゃん」
「むっ、それは」


シャーロットの至極尤もな反論を受けて、美緒は口を噤むしかない。


そして、観念したのか頭を抱えて一人呻いた。


「何と言う事だ。扶桑軍人ともあろうこの私がいくら酔っていたとはいえ」
「酒って怖いって言うしなぁ」
「走って逃げたなんてっっ!!」
「…………そこかよ」




その夜、謝罪をするためミーナの部屋を訪れた美緒であったが。


「美緒の……美緒のバカーーーーーッッッ!!」


ドバキッッ!!

平穏な一日を終えようとしていた基地内の一画において、一瞬だけかなりの魔法力が測定される結果となった。




「あ、坂本少佐!おはようご……」


朝食の配膳をしていた芳佳が、食堂に姿を現した美緒に向けて元気よく発した朝の挨拶が途中で切れる。
その声に振りかえったリーネの挨拶も途切れて、二人同時に驚きの声を上げた。


「「ど、どうしたんですか、それ??」」
「…………ちょっとな」


芳佳とリーネが揃って指さした美緒の右頬は、見事に赤く腫れあがっていて。
その表情は苦虫を噛み潰したかのようにむっつりと渋い。

扶桑式朝食をトレイに並べて着席する為椅子を後ろに引く際、美緒はチラリと向かい側のミーナを一瞥する。
しかし、ミーナは素知らぬ顔で黙々と朝食を口に運んでいるだけだ。
ドスン、と少々乱暴に腰を下ろし儀礼的に両手を合わせた後、食事を開始した美緒の元に芳佳が眉尻を下げ心配そうにやってきた。


「もしかして親知らずが腫れたとかですか?ご飯食べられますか?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと転んだんだ。心配かけてすまないな、宮藤」
「あの、良かったら私、治癒魔法で治しましょうか?」


せっかくの芳佳の申し出に美緒は笑いながら首を横に振り、何やら含みのある口調で告げる。


「いいんだ、このままで。これは、まぁ、いわゆる“ささやかな主張”といったところだ」
「は?」
「はっはっはっ。こっちの話だ、気にするな」


美緒は怪訝な顔で首を傾げる芳佳に構わず、豪快に歯を見せる。
美緒のその発言に肩をピクリと揺らしたミーナに気付いたのは、原因の一端を担うシャーロットのみ。


「宮藤さんも坂本少佐みたいにバカみたいに気を抜いて転んでケガしないように注意してね」
「は、はい!」
「そうだな。基地内でも油断すると訳の分からないケガをする。宮藤も気をつけろ」
「はぁ」


表面上は二人とも微笑んでいるものの、何だか空気が痛い。

この二人にはしばらくあまり係わらない方がいいかもしれない。
この場にいるメンバーの数人は心の中でそう呟いた。




その日一日、美緒とミーナの二人はその調子で。

何か仲違いしているならしているで、はっきりと距離を取ってくれればいいものを、変にお互いがいつも通りの関係性を保とうとしているおかげで、周囲の人間はやり辛くて仕方ない。


「あの二人、もしかしてこの間の件が原因で……」
「うーん、そだな。ミーナ最近ヨソヨソしかったし。他に心当たりないもんね」
「あっ!あたし少佐に教えたよ、例の事」


バルクホルンとハルトマンの会話を小耳に挟んだシャーロットが、いきなり割り込んできたかと思ったら、ついでに爆弾発言。


「な、何を勝手にお前は!!」
「ええっ!?で、少佐は何て?」
「いや〜、ついな。面白いかな、とか思っちゃって」
少佐はぁ〜……一応反省してた……ような?


シャーロットはバルクホルンに胸倉をつかみ上げられても、まったく動じることなくエヘラエヘラ笑っている。


「もういいっ。……わかった、私が少佐と話てみる」
「え、トゥルーデが??大丈夫??」
「上官二人があんな調子では隊の士気に係わるからな」
「そうそう、少佐ならさっき風呂行くってさ」
「よし、風呂だな!」
「ちょ、ちょっとトゥルーデ!!」


呼止めるハルトマンに軽く振りかえって手を上げると、バルクホルンは意気揚々と走り去ってしまった。


「はぁ〜〜〜、行っちゃったよ……ホントに大丈夫かなぁ」
「さてな。ま、フォローは相棒の仕事だろ。よろしく!」
「……なんだそれ」


ガックリと肩を落としたハルトマンの背中をシャーロットは他人事のようにバシッと叩いて気合いを入れた。



   




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