『 やきもち 』
あーっと、なんだろう。
これはなんていうか。
私はチラッと斜め後ろを確認すると、やはりなのはが立っていた。
先ほど出張を終え帰宅したばかりの私は。
まず制服から着替えて、荷解きをして、洗濯ものをより分けて、化粧品なんかをいつもの位置へ戻して、持って帰ってきた書類を後でまとめるため仕事用のデスクに重ねて置いて 。
家に帰ってからのいつもの手順は、特に意識しなくても体が勝手に動けるくらい染み付いてしまっているのだけれど。
いつもと違うことがひとつ。
さぁ、やっと一息吐いてゆっくりなのはとお茶でも飲もうかというこの時まで、ずっと私の後ろを当の彼女がひょこひょこ付いて回ってきたのだ。
もちろん、玄関の扉を閉めてすぐ、ただいまの挨拶も……キスもちゃんと済んでいる。
洗濯ものをより分けるあたりで気になって、私がいない間に何かあったのかと思い、どうしたの?と訊いてみた。
しかし、なのはには曖昧に微笑んで別に、と首を横に振られるだけ。
だから、仕方なく私もそのまま片付けを続けるしかなかった。
今回の出張は約十日間。
それでも職務柄短期間と言えるものだけれど、もしかしてあれかな。
「なのは、寂しかった?」
「寂しくないわけないよ」
なのはは、伏し目がちにまるで子供のように素直に頷いてくれた。
「……そっか。ごめんね、もう片付けも終わったし」
私はなのはの頭を軽く撫でてから、先ほど荷解き中にキッチンのテーブルに置いたままにしてあった四角い缶を手に取った。
午前中に本局での軽い報告を済ませ帰ろうとしていたら、偶然シグナムとアギトとばったり出会って一緒に昼食という流れになり。
雑談を交えながらもメインは仕事に関する話題。
シグナムたちと会っていることは予めなのはに連絡してはいたものの、すっかり話しこんでしまって遅くなったお詫びにお土産を買ってきたのだ。
「シグナムに教えて貰ったんだけど。ここのフレーバーティー、すごく評判いいんだって」
淹れるから一緒に飲もう?
缶を掲げて見せる私の言葉に彼女の肩がピクリ、と揺れる。
そして、私の手から紅茶の缶をそっと抜き取ると、再び元の場所、テーブルの上へと戻した。
「なのは?」
その動作の意図が掴めずに疑問符を浮かべている私の手を取って、なのはが移動を始める。
「え?ちょ、ちょっと、どこへ……」
私が問いかけ終える前に目的地が判明した。
そこは 私たちの寝室。
なのははやはり何も言わないまま、私をベッドに誘導するとおもむろに羽織っていたパーカーを脱ぎ捨てた。
それからいきなり。
「っっ!……んっ」
私を跨ぐように上に乗ったなのはに、唇を塞がれて。
まぁ、寝室に連れてこられた時に何となくそうかなっていう予感はあったけれど、無言でリードし続けるなのはに私は戸惑うばかり。
なので、段々深くなっていく口づけを中断しようと、両手に力を込めて二人の間に空間を作る。
「ね、なのは。何かヘンだよ??」
「なんで?フェイトちゃんは私にされるのヤ?」
「嫌なわけないよ」
そう。
嫌じゃないから拒むことも出来ず、逆に困っているというのに。
私の返事に、なのははちょっと口元を綻ばせ今度は私の耳元へと唇を寄せた。
「じゃあ、今日は私からしてあげる」
そのまま耳たぶをパクリと咥えて、舌で擽りつつヤワヤワと食べ始める。
その片手はいつの間にか私のシャツのボタンを既に一つ外し終えていた。
「い、嫌じゃないんだけど、ちょっと待って!」
「なんで?」
「だって、もうすぐヴィヴィオ、学校から帰ってくる時間じゃない!?」
こもり始めた体の熱を開放するかのごとく、また一つシャツのボタンが開けられる。
逆の掌はシャツの裾から潜り込んで私の脇腹を焦らすみたいに蠢いていた。
「大丈夫。学校終わってから皆でSAの練習するから遅くなるって」
「……あ……そ、なの」
唇は私の肌へ添わせたまま言葉を紡がれて、その刺激に耐えようと眉間に力を込めて軽く唇を噛む。
「でも私……ん……まだ、シャワー浴びて……ない、から」
「いつも私がそう言っても、フェイトちゃん止めてくれないよね」
「……」
ハイ、そうです……そうでした。
ごめんなさい、反省してます。
鎖骨を甘噛みされる頃には、シャツも全部肌蹴てしまい背中のホックも外されて本来の役目を果たしていなかった。
もう、いいかな……。
私だってなのはとの行為を待ち望んでいたし、こんなに積極的な彼女はとてもレアで、期待と興奮を感じてもいた。
それまでなのはを抑止するために肩に添えていた両手を、今度は引き寄せるために彼女の背中に回す。
流されてしまおう。
そう決めて、改めて名前を呼んだ。
「なのは」
呼びかけに答えるように、なのはが愛撫を止め一瞬顔を上げて、私と視線を交える。
それは一瞬だったけれど、私は気づいた。
その蒼い瞳の中に、いつも愛し合う時とは異なる色がある。
きっと、このまま最後まで及んでしまえばうやむやにされてしまうそうな気がする。
尋ねたうえで言いたくないことならば、無理には問いたださない。
でも、そうでないのなら。
「ダメ。やっぱりダメだよ」
ちゃんと話をしよう?
私は大きな魔法を発動する以上の精神力と理性を動員し、一旦背中に回した両手で再びなのはの肩を、今度はさっき以上の強さで押し上げた。
「……」
すると、諦めたのか案外簡単になのはは私の上から移動して。
とりあえず私は乱れた下着を直しシャツのボタンも留めてから、ベッドの下に落ちていたなのはのパーカーを拾い上げ肩に羽織らせる。
「どうしたの?寂しかっただけ、じゃないよね?」
「……だって」
なのはは前髪を指でいじりながら、バツが悪そうに視線をそらす。
「フェイトちゃん、シグナムさん達とご飯食べてきたでしょ?」
「うん。なのはに連絡入れたよ」
「もらったけど」
「けど?」
「……帰ってきたフェイトちゃんに、十日も我慢してた私より先にシグナムさんとかが先に逢うんだなー、って思っちゃって」
ええと、それは、あの、ようするに。
「ヤキモチ……妬いてたの……?」
正解を当てられて、もう開き直ってしまったのか、なのはは清々しい笑顔で頷いた。
「うん!ヤキモチ!!」
「……あー、えと、ごめんね」
気づかなくて。
そんなことまで気が回らなかったことを申し訳なく思って、崩していた足を正してなのはに向けて頭を下げた。
今度はなのはが私の頭を軽く数回撫でてから。
「いいよ、いいよ。フェイトちゃんはそーゆーの思わない人だから、しょうがないもん」
ベッドの脇に両足を降ろしてパタパタと動かしながら、なのはは笑っている。
「そ、そんなことないよ!私だって……ヤキモチ妬くことあるし」
「そう?例えば?」
抗議の声を上げると、興味深げに問い返されて。
私は目を泳がせつつ『例えば』について考える。
……例えば。
「例えば、なのはが他の誰かと付き合うとか」
「ブブー。それはヤキモチではなく、正当な怒りですね」
なのはさんはフェイトちゃんの恋人なんですけど。
私の意見は一蹴された。
えーと、じゃあ……。
「フェイトちゃんは優しいから。誰かを妬んだりしないで、その分、自分が不安になっちゃうんだよね」
「私……そんな良い人じゃない」
「良い人かどうかは別として、それが『フェイトちゃんらしさ』なんじゃない?」
なのはの様子に私を責めるような感じは全然なくても、何だか気になって。
「……ごめんね」
「何が?」
「ヤキモチ妬かないのって、裏を返せば愛情が薄いみたいに受取れるかなって」
眉尻を下げた私に、両手をやや後ろについて体を斜めに逸らしたなのはがいたずらっぽい瞳で告げた。
「ふ〜〜ん。フェイトちゃん、私への愛情、薄いの?」
「!!!」
冗談でもそんなこと、認めるわけにはいかない。
私は思い切り首を横に振って、なのはに抱きついた。
なのはは、キャッ!と短い悲鳴をあげて、そのままベッドに倒れ込む。
「だーいじょーぶ。私はそんなフェイトちゃんを好きになって、そんなフェイトちゃんを愛してるの」
背中をあやすようにポンポンと叩かれて、とても安心感を覚えている自分に、子供じゃないんだから、と苦笑が漏れる。
両腕をついて上半身を持ち上げると、流れ落ちた髪をなのはが優しく掬ってくれて、そのまま首に両腕を回してきた。
「だから、フェイトちゃん」
「ん?」
「私がフェイトちゃんの分まで二人分ヤキモチ妬くから。覚悟、してね?」
「あははは、いいよ。じゃあ、私は別のやり方で、なのはにいっぱい愛してるって伝えるから」
……覚悟、してよ?
額をコツンと合わせて笑いあってから、ゆっくりと瞳を閉じる。
まずは、唇で伝えよう。
もちろん、言葉じゃなくて、ね。
「フェイトちゃん。シャワー浴びてないんだけど」
「………………無理」
反省は次回に生かそうと思います。
完
いかがわしくしようとしたけど、出来ませんでした。敗北。
某2chのスレにて『なのはさんはヤキモチ妬くけど、フェイトちゃんは妬かないようなイメージ』という発言があって、激しく同意した結果こんな感じになりますた。