『 大安、吉日 』
「……好きです」
高校三年生の秋、煮え切らない気持ちのまま受験を乗り切る自信がなかった私は。
心に秘めていた想いを打ち明けようと決めた。
もちろんそう決めてから実行に移す覚悟が出来るまでかなりの時間を要したけれど、どうせ初めから、プロを相手に役満を和了るくらいの確率よりも低いぐらいなのだ。
暦で大安の金曜日を探して決行日とした。
なぜ金曜日なのかは、土日に落ち込むだけ落ち込んで月曜日からは吹っ切って毎日を送ろうと思ったから。
こればかりは、同じ学校でなかったのは幸いだ。
彼女の地元の駅で待ち合わせて落ち着いて話が出来る場所……とお願いしたら、なんと私はいきなり彼女の部屋へと案内された。
初めての訪問に、全然落ち着いて話が出来るような心境にはならなかったけど、いつまでも愚図愚図していても迷惑になってしまい悪いので、一息ついたあたりで思いきって自分の想いを告げた。
すると、彼女は目を丸くしてビックリした表情になったあと。
「スキ……あ!そうそう、トランプのスペードのマークは『鋤(すき)』から来てるらしいわよ?」
「…………い、いえ、そうではなくて」
「じゃあねぇ……『隙(すき)』をみせ」
「竹井さん。私、あなたが、す、好き……なんです」
別にお題を出したわけじゃないんです。
得意のトリビアを遮って、もう一度、はっきり伝えると彼女はニッコリと微笑んで。
「あら、奇遇ね。私も福路さんのコト好きよ」
き、奇遇……。
そして、すぐ別の話題になってしまい暫く雑談を交わし家路につく。
私の一世一代の初めての告白は、時間にして三十秒足らず。
"奇遇"という判断に困る返事で幕を閉じた。
そのおかげでこの土日は、落ち込む事態は避けられたけれども、告白の結果についてモヤモヤとした思いで過ごすこととなってしまった。
それからしばらく経つけど、ただ携帯電話で挨拶程度のメールを幾度か交換したくらいで告白前と何ら変化のない私たちの関係。
「……何だか告白する前より余計受験に悪影響よね……」
携帯電話の画面を閉じてふぅっと小さく息を吐く。
「どーしました、キャプテン?」
寮で同室の華菜が猫のように身軽な動作で私の傍へとやってきた。
溜息を吐いてしまったのを気づかれたようだ。
後輩に自分の事で心配をかけるなんて失態だわ。
「ううん、何でもないのよ。ごめんね」
「……なら、いいですけどぉ」
華菜はあんまり納得してない顔で渋々と引き下がる。
でも、いくら華菜でも相談出来る内容ではないし。
「じゃあ、私、もう少し勉強続けるから、華菜は先に休んで?部屋の電気落としていいわよ」
「はぁい。無理しないで下さいねっ」
「ありがとう。お休みなさい」
「オヤスミなさい〜。また明日!」
元気にベッドに潜り込む華菜の挨拶がおかしくて、笑いが零れる。
本当にいつもこの子からは元気をもらってばかりだ。
デスクライトに照らしだされた数学のノートの上に、右手に持ったままだった携帯電話を乗せる。
先ほど届いたばかりの彼女からのメールは、明後日土曜日の放課後、清澄メンバーとの対局のお誘い。
清澄は麻雀部の部員の少なさからマンネリ化を避けるため、良く他校に声かけをしているらしい。
ただ、頻繁に他校の生徒が校内に出入りするのはあまり誉められることではないので、校外での部活動。
今回もそのパターンのようだ。
「お待たせしました。すいません、電車の時間が合わなくて……」
「こっちで呼び出したんだもの、気にしないで」
こじんまりとした駅の改札で迎えに来てくれた彼女と挨拶を交わす。
実際に顔を合わせるのは例の告白以来で、まともに視線を送る事が出来ずについ顔を伏せた。
二人並んで向かっているのは、とある喫茶店。
彼女の後を継いで現在の清澄麻雀部の部長さんのご家族のお店で、麻雀卓があるため私もお邪魔して対局に参加したことがある。
「お店の場所は知ってますから、わざわざ迎えに来て頂かなくても大丈夫だったのに」
「あら、私のエスコートじゃ不服だったかしら?」
「い、いえ!そんなこと、むしろ」
嬉しいくらいです、と言いそうになって慌てて口を噤む。
そんな私を見て彼女は楽しそうに笑っている。
……もしかして、わざと、なんだろうか。
そっと閉じている右目に手を当てる。
対局で集中している時のように、この目を開けば相手の考えている事が読めたらいいのに。
超能力者ではあるまいに、そんな事は不可能だとわかっているけれど、つい願ってしまう。
「今日は急に声かけちゃってごめんなさいね。断られるのも覚悟してたんだけど」
「大丈夫、予定という予定はないので。もう部活も引退しましたし、後は受験に向けて勉強しなきゃいけないだけですから」
「ま、その勉強が大変なのよ、普通はね」
福路さんは、余裕そうで羨ましいわ〜。
いけない、私の言葉偉そうに聞こえてしまったかも。
もっと言い方を考えるべきだったかもしれない。
後悔で下唇を小さく噛んだ。
「まぁ、息抜きしたくて後輩のお誘いにホイホイ乗っちゃう私も似たようなもんだけどね!ウチ、部員少ないから頭数合わせで良く呼び出されるのよ」
「今日みたいに?」
「そうそう。でも、私独り受験生じゃなんだか不公平じゃない?」
「だから同じ受験生の私を道連れにしようとしたわけですか」
「せいかーい」
子供のように笑う彼女につられ、噛んだ唇が微笑みに形を変える。
「なんて、ちょっとだけ本気で思ったわ」
「ちょっとだけ?」
「他校の正式な麻雀部員だと気軽に誘えないでしょ?ちゃんと部として申請しなきゃいけないじゃない」
「……確かに。私みたいにもう引退してれば問題ないですね」
「そゆこと」
私を誘ってくれた理由が明らかになって。
私情ではないまっとうな理由が存在していた事に、やはりあの告白は聞かなかった事……或いは、伝わっていなかった事になっている確率が高いと知る。
要するに、『流局』だ。
だからといって、また次の大安を選んであの緊張感を味わえと?
……それはちょっと、無理そうだわ。
これはこれで一つの結果として受け入れるしかない。
避けられていないのだから、ある意味上出来なのかしら?