『 運命じゃなくても 』





  ねぇ、知ってる?

運命の人とは小指と小指が赤い糸で結ばれているんだって   …



なんて。

そんな伝説を純粋に信じていられたらよかったのに。




学校も仕事もない日曜日に、なのはとフェイト、二人でやってきたショッピングモール。
買い物ついでに時間が余った二人は久しぶりに映画でも観ようか、と併設の映画館へと足を向けた。

元々、映画を観る予定はなかったため、上映中の作品の下調べすらせずに、チケット売り場に到着して。
さて、どれにしよう、とポスターの前で考えること数分。


「「あ、これ、面白そう」」


同時にそれぞれが指差した作品とは。

なのはが、昔流行したフィクション小説の大泥棒をモチーフとしたアクション映画。
一方フェイトは、高校生同士の切ないラブストーリー。


「「…………」」


お互いの指し示したものを確認して、顔を見合すと。


「私、フェイトちゃんと同じでいいよ」
「ううん。私、それも観たかったから……」


途端に、なのはが、フェイトちゃんが、としつこいくらいの譲り合いが始まってしまった。
しかし、いつまでそんな事をしていてもラチがあかない。


「フェイトちゃんって、結構ロマンチストだよね」


なのははクスっと笑うと、一つフェイトに提案をする。


「ジャンケン?」
「そう。フェイトちゃんが勝ったらラブストーリー。私が勝ったらアクションもの」
ね、公平でしょ?


勝った方が好きな映画を選ぶ、というようにすると、相手の観たい映画を選んでしまう事にもなりかねない。
それではまた譲り合いがぶり返す可能性もあり、敢えてなのはは先に選択肢を決定したのだ。

別になのはが観たいやつでいいのに、と不満そうなフェイトも渋々妥協してジャンケンで手を打った。


「じゃーんけーん……」


なのはの掛け声とともに始まった勝負は、最初の一回で簡単に白黒がつく。

フェイトがグーで、なのはがチョキ。


「フェイトちゃんの勝ち、だね。じゃあ、こっちの映画観よ」
「うん……でも、なのは、本当にいいの?」
「もう、しつこいなぁ。また今度来たとき、そっち観ようね」


単純にジャンケンという勝負事に勝ったことは喜ばしいが、なのはではなく自分の希望が叶ってしまったことに複雑な表情を浮かべるフェイトの背中を押しながらなのはは。


「力が入ってるから大体、最初“グー”出すんだよね……」


小さな声で独り呟く。


「え?なのは、何か言った??」
「ううん。何も。ほら、時間時間!」
「ああ、うん」


フェイトはなのはに急かされながら中学生二枚、と窓口の女性に告げたのだった。





はぁ……。

あの映画を観てからというもの、フェイトの口から零れるため息の数が格段に増えた。

といっても、映画自体に不満や何か大きな問題があったわけでは決してなく。
フェイト好みの、心に染みるとてもいい内容だったと思う。
一緒に観たなのはも『途中かわいそうな所も多かったけど、最後ハッピーエンドだったから安心した』と喜んでいて、最初に観たいと言ってしまったフェイトはホッと胸を撫で下ろしたのだ。


では、何がフェイトにため息を吐かせているのかというと、他でもない、なのはへの想い。


だいぶ前から胸に秘めているなのはへの恋心を映画のストーリーに重ね合わせてしまったからだ。
映画の主人公である高校生の男女は、偶然の出会いから想いを通わせたと同時に様々な障害に襲われる。
それでも、二人は『運命の人』『赤い糸』というキーワードを軸に困難を乗り越え最後結ばれる。


「運命だなんて簡単に言わないでよ、か……」
「?どうしたの、フェイトちゃん?」


フェイトが思わず呟いた映画のセリフに、珍しく二人きりでの下校となったすずかが反応した。


「え?あ、いや……ごめん、何でもないんだ」


慌てて手を左右に振って、先ほどの発言を取り消そうとしたけれど。
すずかにはそれは通用しなかった。


「運命、なんて言葉は、何でもない時には使わないよ?」


詰問口調ではなく、とても穏やかなのに、それでいて否と言わせない強さを持つのは、彼女ならではのもので。
あの口達者なアリサですら言葉を詰まらせてしまうことがある。

フェイトは困った顔で足元に視線を落として逡巡していたが、暫くしてから、すずかを帰り道にある小さな公園へと誘った。
ちょうどフェイトも誰かの意見を聞きたかったところだったのだ。

しかし、なのは本人は論外として。
アリサには一笑に付されそうだし、はやては真面目な答えと茶化した答え、どちらが返ってくるのか確率は半々だ。
そう考えると、すずかは適任だった。


ベンチで改まって話をするのはどうにも照れ臭く感じて、二つ並んだブランコの片方にフェイトは腰掛ける。
すると、すずかも、久しぶりかも、と笑顔で隣のブランコに座った。

さすがに子供を対象に作ってある遊具のため、高さといい幅といい中学生の二人には少し窮屈だったけれど。


「あの、ね」


地面に着けた両足でやや反動をつけ、ブランコを揺らしながらフェイトは話始める。


「言い伝えで『運命の人とは小指と小指が赤い糸で繋がっていて、いつか必ず二人は結ばれる』ってあるでしょう?」
「うん。そういえば、フェイトちゃん、こないだなのはちゃんと観た映画ってそれがテーマじゃなかった?」
「そう。私が観たいって言ったら、なのはが付き合ってくれたの」
「ふふ。やっぱり。フェイトちゃん、そういう話好きそうだものね」


当日なのはにも似たようなことを言われ、自覚がないフェイトは頬を染めながらすずかに確認をとる。


「そうかな?私、そんな風に見えるのかな?別に恋愛モノばっかり好きってわけじゃ……」
「別に、女の子らしくて私は可愛いと思うよ」
それで、言い伝えがどうかした?


すずかに続きを促されてフェイトは話が逸れてしまったことを詫びたあと、本題に入る。


「思ったんだけど。自分にとって運命の人であったとしても、相手にとって自分が運命の人である、なんて保障どこにもないよね?」


フェイトにとってのなのはと、なのはにとってのフェイト。

フェイトは自分となのはが赤い糸で結ばれているなんて思えるはずもなく、それ以上に。
他の誰かと運命的な出会いをするなのはのことを考えると、ため息が尽きなかった。



   




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