本当に残念な内容です。読んだ後に文句ナシで!




   『 お父さん、頑張って! 』




「フェイトちゃん!重大発表していい?」
「ん?何、突然」
「私ね……赤ちゃんが出来たの!」


両手の指をモジモジと遊ばせながら、頬を赤らめてのなのはの重大発表。
私の体の全細胞が活動を停止した。


「どうしたの、フェイトちゃん。喜んでくれないの??」


もう、冷たいなぁ、なんて口を尖らせているなのはに、喜んだり謝ったりする余裕なんてあるわけがない。


「そ、そうなんだ……。で、あの……相手は……誰?」


眩暈で揺れる視界にやや気持ち悪くなりながら、ようやくそれだけ質問出来た。
恐る恐るなのはの腹部を確認すると、服の上からでも分かる多少の膨らみ。

すると。
『何言っちゃってるの、この人は』的な呆れた表情のなのはに、大きくため息を吐かれてしまう。


「やだなぁ。誰って、そんなのフェイトちゃんしかいないよ」
「わわわ私?」
「もちろん。だって私、他の人と……そんなことしたことないもん……」


ちょっと拗ねたように私の袖口を引っ張るなのはは、とてもかわいい。


……って、ときめいてる場合じゃない。


えーと。
えーと。
えーと。


「でも、私、女だし。なのはも……女だよね?」
「当り前じゃない」


ごもっとも。
なのはが女だっていうのは、私が一番良く知っているわけで。
……何故かは敢えて触れません。


私がパニック状態で上手く言葉が出てこないでいるのを、複雑な表情で見ていたなのはは。


「なんかショック。……お父さんになったこと、もっと喜んでくれると思ったのに」
「お父さんっ?!」
「私がお母さんなんだから、フェイトちゃんはお父さんでしょ」
「……う、うん」


お父さん……そうか、私お父さんになるのか。

そういえば、初めて子供が出来た同僚が“これでオレも父親だ”なんて。
照れ臭そうな、でも、すごく嬉しそうな顔してたなぁ。


ただ、ちょっと母親ならともかく、“父親”になるっていうのは、私の人生設計の中にこれっぽっちも含まれていなかったことなので。


「こここれで、私も父親になるんだね」


多少、どもったり、棒読みになったりすることは、多めに見て欲しいと思う。

そんな私のぎこちない笑顔でも、なのはは満足してくれたみたい。
私の大好きな、花が咲いたような笑顔になった。
……良かったな、うん。



……………………。



いやいやいやいや、じゃなくて。

そもそも、私となのはの間に子供が出来るという事態の解明が済んでいないわけで。
なのはの様子は妊娠を喜んでいて、決してそれを不可解なことだという受け取り方はしていないように見える。
ということは、今の状況が起こり得る原因を知っているはずだ。


「ねぇ、一体」
「さっき、病院でエコー検査してきたら、元気な牛の赤ちゃんだって!」
「……はい?」


元気な……何の赤ちゃん……だって??


「まだ、オスかメスかは分からないんだよね」


……オス……メス……??


なのはの口から飛び出した新たな重大発表に。
私の常識はことごとく、見事に打ち破られる。



要約すると。

@なのはが私との行為で妊娠をして

A今、お腹の中には牛の赤ちゃんがいて

B性別は不明

と、いうことらしい。



あの〜、もしもし。
あまりにも、突っ込みどころが多すぎて、私はどこから手をつけていいのか、迷ってしまう。

とりあえず……一番、私の常識から遠いところにあるAだろうか。
これから片付けよう。そうしよう。


「ね、ねぇ、なのは」
「なに?」
「あの、自分の子供を“オス”“メス”って表現するのはどうかと思うよ?」


…………しまった。

あまりの動揺に、一番どうでもいいBについて口に出しちゃった……。

あああ、何やってるの。
落ち着け、私!


「だって、牛なんだから“オス”と“メス”じゃない」


なのはのこのセリフだけ抜き出せば、何ら問題のないとてもまっとうな返答。
しかし、先生!それ以外が問題だらけです!


「う、うん。牛だったら、そうなんだけど。まず、その“牛”っていうのが問題」
「そうなの。どの牛が出るか、それが問題なの」
「どの牛……?」


なのはの言っている意味が分からず、問い返す。
すると、表情を翳らせて、自分のお腹を愛おしげにさすりながら。


「ホルスタインとかジャージーとかの乳牛だったらいいんだけど。もし、肉牛種だったり、乳牛でもオスだったら……」
「……だったら?」


すっかり自分の聞きたいこととは内容がズレてしまっていたけれど、なのはの思い詰めた口ぶりに、つい続きを促す。




「ドナドナだよ」




ポツリ、となのはが呟いた。


ドナドナ…………?

その瞬間、私の脳裏には。
小学生の頃、音楽の時間に習ったアノ物悲しい音楽と歌詞が甦り、映像となって流れ始める。


♪かぁ〜わぁ〜い〜い 子牛ぃ〜〜 売られてゆ〜く〜よ〜♪

♪か〜なしそぉ〜なぁ ひ〜と〜み〜で み〜て〜い〜る〜よぉ〜♪



「ダ、ダメ!!」
「フェイトちゃん?」
「ダメだよ!ドナドナはダメっ。そんなことはさせない!」


もう、こうなってしまうと私の思考は、冷静な判断を下せなかった。

疑問@もAもBも。
ドナドナにカポーン!と寄り切られて、遠い彼方へ飛んで行ってしまった。


「だけど、仕方ないんだよ。国産牛は貴重だから」
「そんなの関係ないよっ。私たちの子供だよ?!私が絶対に守ってみせる!!」
「フェイトちゃん……」
「なのは、だから元気な赤ちゃんを……あれ?地震??」


すごい揺れを感じ、咄嗟になのはを守るために抱きかかえようとしたけれど、揺れが大きくてなかなか上手くいかない。


「フェイトちゃん!フェイトちゃん!!」
「なのは!なのは!」







パチ。

「……あれ?」


そこで、私は目が覚めた。


「あ、やっと起きた」
「……なのは?地震は……?」


頭を掻きながら上半身を起こす私に、なのはは苦笑を浮かべて。


「地震なんてないよ。なかなか起きないから揺すったせいかな」
ほら、朝ごはん。ヴィヴィオも待ってるよ。

「うん……ごめん」


まだ半分しか現実に戻っていない意識で、大事な事を思い出す。


「ああっ!なのは、お腹!」
「え?!ちょ、ちょっと!」


もうパジャマから普段着に着替えが済んでいるなのはをベッドに引っ張り込んで、上着をめくって柔らかな腹部のラインを確かめた。

あ、いつものなのはだ。


「何?!朝から変なことしないでフェイトちゃん」


私の手から逃れ、顔を赤くしつつ上着を整えるなのはに念のため確認。


「牛は?赤ちゃんは??」
「はぁ?まだ寝ぼけてるの?」


私の質問に胡乱げな眼差しを向けて、ベッドから立ち上がる。

そして、私の手を取って無理やりベッドから引きずり出すと。


「何かヘンな夢見てたでしょ。寝言でドナドナ歌ってたよ?」
「あははは。えっと、牛が出てくる夢をちょっと……ね」


流石に、私となのはの子供が出来て云々、という話をするのは恥ずかしくて、曖昧に誤魔化した。

それにしても、歌っちゃってたんだ。
気をつけなきゃ……って、どうやって気をつけたらいいんだろう?

私は着替えながら、夢で良かった、とホッとする反面、少し残念に思っている自分に気づく。


例え、どんなに無茶苦茶な理屈だったとしても。
そう、それが牛だったとしても、なのはと私の赤ちゃんだったら、愛せると思うな、なんて。

……いや、もちろん人間の方がいいけれど。







「っっっ!」


私は夕飯の食卓を見てイヤな予感を覚える。


「じゃ〜ん。今日はちょっと豪華だよ!」


自慢げに冷蔵庫からなのはが取り出したモノとは。


「霜降り高級牛肉〜。もちろん、国産ね」


ヴィヴィオはそれを見て、わーい!と純粋に喜んでいる。


「……ぎゅう…………にく…………」
「朝、フェイトちゃんが、牛、牛って言ってたから、牛肉食べたいのかと思って」
夕飯は焼き肉です〜。





ジュ〜ッ……ジュ〜〜……

「ほら、ヴィヴィオ、これ焼けたよ」
「うん」
「フェイトちゃん、食べないの?」
「……う、うん、ちょっと野菜食べたいんだ」


食欲がない、という言い訳はなのはが心配してしまうので、ひたすら野菜を食べまくる。


「なんだ。せっかくいいお肉なのに。ヴィヴィオ、もったいないから、二人で食べちゃお」
「おにく〜、おにく〜〜!」
「…………」


食事の間。
私の頭の中ではドナドナがエンドレスリピートし子牛が悲しい瞳で私を見つめていた……。



   完


何故夢オチで牛かと言いますと、ちょうど丑年になった年の初夢ネタとして考えてたやつだから。
しょーもなーっ!と思ってたけど、読み返したら意外に気に入っていることに気付いたので復活(笑)。





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