『 眠れぬ夜は君のせい 』




「……はぁ〜……」


私、高町なのはは目覚めて早々、爽やかな朝に似つかわしくないため息を吐いた。

何で私だけ……。

がっくりと肩を落としながらベッドから這い出ると、ノロノロと学校に行くための朝の仕度を始める。


「なのは、時間いいの?」


お母さんに言われて、朝食を食べながら時計を確認すると。


「いっけない!」


いつもならもう家を出ている時間。
知らないうちに脱力感に襲われて動作が鈍くなっていたらしい。

私は慌てて残りの朝食を胃に流し込み、カバンを手にして玄関へ向かう。


「行ってきまーす」


家の中に向けて大きな声で挨拶をすると。

キッチンからお母さん。
リビングからお兄ちゃん。
洗面所のお姉ちゃん。
お父さんは……にゃはは、トイレから。

色んな場所から返ってきた返事を確認してから、私は家を出て皆との待ち合わせ場所に急いだ。

息を切らせてようやくたどり着くと、やっぱり私が一番最後。


「なのは、おはよう。遅いわよっ!」


朝の挨拶と同時にアリサちゃんから注意を受けて、両手を合わせてゴメンと他の皆にも頭を下げる。
でも、すずかちゃんもはやてちゃんも、フェイトちゃんも。
笑顔で許してくれて、アリサちゃんだって、本気で怒ってるわけじゃない。

気を取り直してそのまま学校へと歩き出す。


「なのは、何だか浮かない顔だね?」


いつもの定位置である私の隣を歩きながら、フェイトちゃんが心配そうに私を見る。


「寝不足?」


私が遅れた理由を寝坊と思ったのかな。
フェイトちゃんのその一言に、私はバッと彼女の方に顔を上げ。


「ううん。よく眠れたよ。それはもう……ぐっすりと、ね」
「そ、そう。それならいいんだけど……」


やや睨みつけるような私の眼差しに、不穏なものを感じたのか、フェイトちゃんは視線を逸らすと、今日の数学は……なんて、まるで違う話を始めてしまった。

それだから!
よくないんだよ、フェイトちゃん!!

私は朝が早い家族に囲まれたうえ、幼い頃から魔法の早朝訓練をしていたせいか、寝付きと寝起きの良さにはちょっと自信がある。
……そして、眠りの深さにも。

それが今回は裏目に出てしまったなんて。

フェイトちゃんだって、ちょっとは責任あるんだからねっ。
なんて、八つ当たりなのはわかってるけれど。

隣で私の方へ視線を向けないようにして、延々と今日の予定を話し続けるフェイトちゃんを恨めしげに見上げた。





それは三日前の昼休み。アリサちゃんから始まった。


「昨日、夢にフェイトが出てきたわ……」


サンドウィッチを一欠パクッと口に入れて、誰にともなく呟くようにアリサちゃんが言ったのだ。
突然名前を出された本人は、お箸を止めて少しびっくりしたようにアリサちゃんに聞き返す。


「え?私??えっと、どんな夢だったの?」
「…………」


不思議そうに夢の内容を尋ねるフェイトちゃんを、アリサちゃんは無言でジッと見詰めた後。


「内緒よ」


と、そっぽを向いてしまった。


「なんで?アリサ、気になるなぁ。だいたい、内緒だったら、最初から言わないでよ……」


フェイトちゃんからの抗議もアリサちゃんにはまったく通じない。
フェイトちゃんは釈然としないながらも、諦めたようで渋々また昼食を再開する。
そんな二人を、はやてちゃん、すずかちゃんの二人は仕方ないなぁ、という困った微笑みを浮かべて見守っていた。

そして、私は。


なんで?!
アリサちゃん、すっごい気になるよっ。
だいたい、内緒って意味深なこと言わないでよ!!


フェイトちゃんと同じような内容のことを、でも、テンションはまるで違って、心の中でアリサちゃんに向けて叫んでいた。

けれど、関係ない私が口に出すとフェイトちゃんのことを好きだってバレちゃうかもしれないし。
フェイトちゃんにチラッと視線を送ると、もう、皆と次の話題に花を咲かせている。

……ちぇっ。

私は、もやもやする胸を抱えながら、その日の昼を過ごすこととなった。





二日前。
今度はすずかちゃんが。


「昨日ね、フェイトちゃんが夢に出てきたよ」
「……なっ」


私が一番先にすずかちゃんの言葉に反応してしまい、フェイトちゃんは違う意味で驚いた顔をしている。


「それで、すずかはどんな夢だったのよ?」


アリサちゃんが聞くと、えーっと、と顎に指をあて、可愛らしく小首を傾げてしばらく考えた後。


「……ごめんなさい。忘れちゃったかも」


舌をペロッと出して肩を竦めてみせた。
その場は、なーんだ、という興ざめしたような空気に包まれて、またそれぞれが昼食を再開する。

ただ一人、やっぱり私だけもやもやしたまま。





昨日。
とどめのはやてちゃんが。


「あー、あたしも昨日、フェイトちゃんの夢見たわ……」
「…………」


ポロッ。

こうなると、私はもう何も言えず、持っていたお箸を思わず落とすのみ。


「はやてまで?もー、私なんかしたかなぁ」


流石にフェイトちゃんもおかしく思ったのか、頬を指でぽりぽり掻きながら、宙を睨んで心当たりを探っている。


「じゃあ、はやてちゃんの夢はどんなのだった?」


ニコッと微笑むすずかちゃんとは対照的に、げっそりした様子ではやてちゃんが答える。


「……別に、ただの、普通の夢やったで」


『ただの』『普通の』って。はやてちゃん、そこが大事なんだってば!

それを問い質すべき人はといえば、未だあーでもない、こーでもない、と一人で記憶を探っている始末。

私だけがヤキモキとした時間を過ごしていたら、フェイトちゃんが、あっ!と声を上げた。
何か心当たりでも……と思ったら、フェイトちゃんが私の方へと向き直り。


「なのは、私たち日直だから、移動教室の準備しないと」
「……そうだね」


いそいそとお弁当を片付けたフェイトちゃんが立ち上がって、手を差し出してくれる。
私もその手をとって、立ち上がると3人に挨拶をして輪を後にした。



ちなみに。
残された3人でこっそりと夢について明かしあった内容とは。
偶然にも、ほぼ同じで。

アリサが思い出すのも嫌になるほど。
すずかが思い出すと恥ずかしくなるほど。
はやてが思い出すのがアホらしくなるほど。

フェイトがなのはのことをノロケる夢だったという    





こうなると、当然次は自分の番だと思うのが普通じゃないかな。

昨日の夜は、フェイトちゃんが夢に出てくるかも、とドキドキしながら眠りについた。

……なのに。
ベッドに入って、気づいたら朝だったなんて……。

そう、私はあまりにもしっかり睡眠をとってしまったため、夢すら見なかったのだ。
いや、もしかしたら見ていたのかもしれないけど、覚えてないならそれは同じこと。

そういえば、フェイトちゃんが夢に出てきたことないなぁ。
……こんなに好きなのに。

昇降口で靴を上履きに履き替えるフェイトちゃんをぼんやりと見つめていたら、私の視線に気づいたのか嬉しそうに微笑んでくれた。

よし。

私はフェイトちゃんの制服の裾を掴んで、宣言する。


「フェイトちゃん。私、がんばるからっ」
「……え?な、何をがんばるの?なのは」


いきなりのことに、訳が分からないととまどうフェイトちゃんをそのままに、私はズンズンと教室に向かう。
背中から、ちょっとなのは〜、というフェイトちゃんの情けない声が聞こえてきたけど、私は振り向かない。



絶対に、フェイトちゃんの夢を見てみせる。

だって私、夢でだってあなたに逢いたいんだよ。



  




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