『 雪の日に 』




    なのはと目が合った。

そんなことは日常茶飯事、特別な事じゃない。

けれど何回経験してもいつもいつも。
彼女の真っ直ぐな視線と、それと同じくらい真っ直ぐな心を感じた瞬間、初めての出逢いで短い言葉を交わした私たちがフラッシュバックする。


あの時と変わらない澄んだ蒼。


時間が止まってしまえばいい。

なのはがこれから過ごして行く時間が欲しいとも、もらえるともそんな贅沢なことは思っていない。

ただ、この時間がほんの少しでも止まってくれれば……その間だけは、私がなのはを見つめ、なのはが私を見つめてくれる。


そんなささやかな願いでも、叶えてくれる人を私は知らない。

そんなささやかな願いさえ、彼女に伝える事が出来ない。


そして私は何事もなかったように、微笑みを作る。









「あーあ、なのは、はしゃいじゃって。……ほら、フェイトのこと呼んでるわよ?」


アリサの言葉を受けて視線を庭にやると、大型犬とじゃれているなのはがこちらに向かって手招きしている。


「うん、じゃあ、行って来ようかな」


戻ってきたアリサの制服についた雪を払ってあげてから、私はなのはの元へと向かった。

中学生活最後の冬の初めての雪。
思った以上の積雪に、学校帰りにアリサの家の広い庭でペットの犬たちと雪遊びするためにお邪魔した。
童謡の一節、犬は喜び庭駆けまわる、とは良く言ったもので、駆けまわる数頭の犬と暫く一緒に遊んで、私とすずかは先にテラスの暖房付近で一休みしていたところだ。

普段、大人びた行動が目立つなのはが年相応にはしゃいでいるところは、本当に可愛くて心が和む……欲目じゃないか、と言われてしまうと否定出来ないので誰にも言わないけれど。

ひとしきり遊んで人も犬も気が済んだ頃、また空から真綿のような雪がチラつき始めた。
冬の空は暮れるのも早い。
暗くなってから雪の中を歩いて帰るよりは今のうちに帰ろうか、と私が言いだすより、一足早く。


「また降ってきたね〜。そろそろ帰ろっか」


曇天を仰いでいたなのはが、白い息を吐きながら私に向けて言葉をかける。


「そうね、その方がいいかもね。じゃ、車出してもらうからちょっと待ってて」
「あ、いいよいいよ。歩いて帰るから」


場を後にしようとしたアリサをなのはが止めて、そこにすずかが穏やかに割って入る。


「私、家に迎えに来てもらうようにお願いするから、なのはちゃんとフェイトちゃんも一緒に乗っていって」


……こうなった時、いつも決定権が回ってくるのが。


「どうする?フェイトちゃん」


三人の視線が私に集まる。
別に責められているわけじゃないのに、どれか一つを選ばなくてはいけないと思うと心苦しくもあるけど。


「あ、えと……いつもアリサやすずかにお世話になってるし、今日は歩いて帰るよ」


それでも、私が決めないと堂々巡りになってしまうので三択に答える。
断られた形の二人も、そのあたりはわかってくれているので特に揉めることなく私となのはは二人に別れの挨拶を告げて帰路についた。




すっかりご機嫌な様子で隣を歩くなのはの袖を軽く引っ張り、その足を止めて。


「なのは、ちょっと」


不思議そうに私を見上げる彼女の首元へ手を伸ばし、オレンジ色のマフラーを整える。


「はい、どうぞ」
「……ん、ありがとう!」


ポンと軽く背を叩いて促すと、誰もが見惚れるだろう笑顔で首を傾げて見せた。
私は何だか照れ臭くなってしまって少し目を伏せてなのはに答え、また歩き始める。

そして、心の中でアリサとすずかにこっそり謝罪する。

二人の厚意を断った理由が、こうしてなのはと歩いて帰りたかったからなんて。

もう海鳴で過ごす時間も、この制服を纏う回数も、あまり残っていない。
その貴重な機会を、車であっという間に終わらせてしまうのはとてももったいなく思えたのだ。


「今日、楽しかったね。はやてちゃんも来れたら良かったんだけど……」
「そうだね。……はやて、春からの本勤務に向けて講習会とか大変そうだし、無理してないといいね」
「うん。フェイトちゃんももうすぐ本格的に忙しくなるでしょ?」
「はぁ、勉強しなくちゃいけない事いっぱいだよ……でも、なのはだって」
「わー、言わないで!」


二人して笑い合う。
こんな他愛もない会話ですら、私にとっては大切な想い出で、幸せの一ページとして記憶に綴っていく。


「静かだねぇ……」
「またこれから本格的に降りそうだから、出来るだけお家にいるようにしてるんじゃないかな。寒いよ、やっぱり」


ハァーッと息を吐いて、白く変わるのを確認する。
今更なのだけれど、ついやってしまうのは癖なのだと思う。


「まぁ、寒いよね。雪降ってるんだもん。……あの、ね。ちょっとだけ、ちょっと……遠回りしてもいい?」


突然のなのはのお願いに、思わず怪訝な顔をしてしまう。
この後何か用事があるだなんて、そんな素振りは全然なかった。


「どうしたの?急用?」
「そーじゃないの。なんていうか……このまま、真っ直ぐ帰るの、もったいないなー、って」
「……風邪引いてもしらないよ?」
「大丈夫だよ、私、頑丈だから!フェイトちゃんは、もう帰りたい?」


私の瞳を覗き込んで来るなのはの視線を斜めにかわして。
焦らす様に一呼吸おいてから、ちょっとだけね、と承諾した。
諌めるフリをして胸の高鳴りを隠そうとしたけれど、少し声が上ずったような気がする。
幸いなのはは全然気がついていない様子で、嬉しそうに進路を変えた。



黙ってなのはの後ろをついていった先は海鳴公園の遊歩道。
地域の人たちの散歩コースとなっているこの道も、この天候では流石に人の気配を感じない。


「ここ抜けて帰ろ?」
「ん」


頷くついでに軽く頭を振って髪の毛についた雪を落とす。
それから、なのはの肩も軽く払うと彼女も私を真似て栗色の髪をフルフルと振って白を散らした。

やはり、先ほどよりチラつく雪の量が増えている。
空を見上げてから、肩に掛けたバッグの中から折りたたみ傘を探し出し広げることにして。

……む、手袋してると結構やり辛いな。

傘のカバーを外したり、固めのボタンを指で摘まむのに毛糸の手袋と冷えた指先がなかなか言う事を聞かずに手間取っていたら、横から白く華奢な指先が伸びてきて、いとも簡単にパチリと外した。
不意を突かれて視線を上げた先には、手袋の人差し指の先を口で咥え、素手になった左手はピースサインの彼女。


「ありがとう」


クスッと笑ってお礼を告げたら。


「ほうひはひはしへ」
「…………」


手袋を咥えたままなので日本語ではなくなっているけれど、おそらく    どういたしまして?

早速折りたたみ傘を広げてなのはの方へ差しかける。


「ほら、早く手袋しないと手が冷えちゃうよ」


すると、何か考える素振りで左手を数回握って開いてを繰り返してから、おもむろに咥えた手袋を、嵌めるべき左手ではなくコートのポケットに突っ込んでしまった。
その意図が読めずに困っている私を横目に、なのははエイッという可愛らしい掛け声と共に私の右手の手袋を奪い去る。


「??えーと……」


なにがなんだか、すっかり置いてきぼり気分の私。
直接外気に触れた右手も所在なげに宙に浮いたままだ。


「わっ、フェイトちゃん意外に冷たい!」
「え?あ、うん。ごめん」


なのはの指先が私の右手に触れて、その冷たさに驚かれた。
元々、末端冷え性体質の私の手は、手袋をしていても冷たくなり易い。

つい謝ってしまったけれど、なのはの指先も同じくらい冷えてるくせに。


「じゃあ、こうしたらちょうど良くなるかな?」


触れた指先を私の手に絡めて、そのまま私のコートのポケットに押し込む。
体温を感じられなかった掌から、私からなのはへ、なのはから私へと少しずつ温もりが移っていく。


「マイナスの掛け算みたい」
「え?何が?」


ふと思いついたことを口に出したら、案の定訊き返されてしまった。


「……あのね、マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるのと一緒で」
「うんうん」
「冷たい手同士繋ぐとすごく温かくなるなぁ、って」
ちょっと思っただけ。


わざわざ説明する程大した事でもないから、気が引けて口調が早くなってしまっても、なのははお構いなしに、さすが理系脳!、なんて笑ってくれて。

私のポケットの中で手を繋いだまま、遊歩道を歩き始めた。
私もなるべくなのはの方に多く傘がかかるように気をつけながら、歩調を合わせて隣に並ぶ。

誰にも踏まれていない雪の道は一歩踏み出す度に、キュッ、と足音を鳴らす。
仕事や学校での出来事を思いつくままに楽しげに話す彼女とそれに応える私たちの声。


周囲の音は雪に吸収されてしまい、私の耳に届くのはそれだけだった。


今、世界には私たち二人だけしか存在していないと錯覚してしまいそうになる静けさ。
本当にそうだったら……なんて考えても詮無い事だ。

すぐ傍にある横顔はいつもと何ら変わらず    これからも変わる事はないのだろうか?

それが、嬉しい事なのか切ない事なのかすら私にはわからない。
人の心は数学よりずっと難解だ。

考えが纏まらなくて私は思わず足を止める。
一、二歩先に進んだなのはも、繋いだ手を支点に急にブレーキがかかって不思議そうな顔で歩みを戻した。


「どうしたの?」


そう問われても、自分でも答えるべき言葉が出てこない。


「……何でもないよ」
「うそ!フェイトちゃんの"何でもない"は、ゼッタイゼッタイ"何かある"んだよ!」
「ホントに何でもないよ」


苦笑しつつ再び歩き始めた私の肩に、なのはは自分の肩を軽く当てて小突いてくる。


「ちゃんと言ってってば」
「だから何でもないってば」


私もお返しとばかりになのはの肩を自分の肩で小突く。
しばらくそんな風にじゃれあって。


「……心配だよ。これから会えないことも増えるし、無茶してないか心配」


俯き加減のなのはがポツリと本音をもらす。


「そんな顔しないで」
大丈夫だよ、大丈夫!


笑いながら、繋いでいる右手を軽く握ってなのはに伝える。


すると、彼女は下を向いて黙ったまま、私のその手を強く    とても強く握り返して。


瞬間、私の動悸が早まり全身が熱を持つ。
握り合った手の平の熱は、混ざり合ってもうどちらのものかわからない程。

なのはの隣にずっと変わらずにいる為には、変わらなきゃいけない、という答えに、今、辿り着いた。


でもまだ、胸を張ってまっすぐ瞳を合わせる自信はないんだ。

だから、降りしきる雪に吸収されてしまわないように願いながら……小さな声で告げる。



「好きだよ」



   完


元ネタは某歯医者さんミュージシャンのグループの曲です。イイ曲!
クリスマスソングのようですが、私が初めて聴いたのが既にイベント終了後だったので敢えてスルー。
懐メロばっかりじゃアレなので(笑)。





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