『  遊園地に行こう!  』




「く〜ろこぉ〜」


お風呂上がりにタオルを肩に羽織ったまま美琴は黒子の名前を呼ぶ。
先ほどシャワーを浴びている時に、早めに黒子に伝えておくべき事があったのを思い出して。
また忘れてしまわないうちに、と美琴は髪の毛もロクに乾かさず部屋へと戻ってきたのだ。


「なんですの?お姉さま」


パソコンに向かっていた黒子は椅子に腰かけたまま半身で振り返ると、その美琴の姿を見て大きく溜息を吐く。
そして、自分は椅子から腰をあげ、代わりに人差し指で美琴にベッドに腰掛けるよう合図した。


「まったく、もう。髪は女性の命ですのよ?ちゃんとお手入れしてからお戻りにならないと」
「ああ、ごめん。忘れないうちにと思ってさ」
「何をですの?」
「今週の日曜、あんた、予定は?」


ベッドに腰掛けた美琴の濡れたままの栗色の髪を、慣れた手つきで膝立ちになった黒子が肩に羽織ったタオルで丁寧に水気を拭っていく。

美琴の唐突な質問にも手を止めず、少々思い巡らせた後。


「特にありませんが……。何か御用でも?」
「良かったぁ!ね、遊園地行こう!」


顎を反らし、後ろの黒子を見上げる。その瞳はまるで幼い子供のようにワクワクと輝いて。


「遊園地って……あれですわよね」


ええと、と一拍間を置いてから黒子の口から出てきたのは、学園都市内にある唯一のテーマパーク。
規模の大きさもさることながら、科学技術の発達した『学園都市』の名に恥じない高レベルのアトラクションを売りにしており、人気スポットの一つだ。


「それはっ!もしやっっ!!待ちに待ったお姉さまからのデデデデデートのお誘いっ?!」
「ぐぁっ!ちょ、ちょっと暑い!!離れろっ、コラ!」


ガバッと後ろから抱きつかれた形で首を黒子の両腕でホールドされた美琴がもがいても、その腕の力は弱まらない。


「ったく、もう。……で、行くって事でOK?」


諦めた美琴は体の力を抜いて自分の顔のすぐ傍にある黒子のおでこに、自分の頭をコツリと軽くぶつける。


「もっちろん!断る理由なんてどこにありますか!」
「じゃあ、佐天さんに連絡しておくわね」


ピクリ。

    瞬間、触れられている美琴ですら気付かない程のほんの一瞬だけ。

黒子の全身が固まった。
そしてすぐに、何事もなかったように美琴に回していた腕の力を緩め、体を起して元の体勢に戻すと。


「……楽しみですわね。久しぶりに思い切り遊びましょう」
「うん!佐天さんとね、今日お茶しながら話してたの。ほら、色々大変だったからさ、しばらくちゃんと遊んでないねーって。初春さんは佐天さんが誘ってくれるはずよ」
「そうですの」
「天気も晴れだって!絶好の行楽日和!」


それでさぁ、と美琴は今日の涙子との他愛のない会話を笑いながら黒子に話して聞かせる。
黒子はそれを簡単な相槌を打ちながら静かに聞いていた。


幻想御手(レベルアッパー)事件から端を発した一連の騒動は、木山春生の悲願であった子供たちの覚醒を無事果たすことで幕を下ろした。
その裏に大きな何かが隠されている微かな気配はあっても、一学生たる美琴たちに何が知らされるでも、何が出来るでもなく。

表面上は平和な日々に戻っている。




「…………」


顔を覆っていた右腕をパタリと脇へと落とす。
部屋の電気は既に消していたので、腕を外しても黒子の視界に大きな変化はなかった。

そして、少しだけ顔に角度をつけて隣のベッドを確認。
その主はこちらにやや丸めた背中を向けて規則正しい寝息を立てている。


    そう、これがいつもの日常。


美琴が自分の事をデートに誘ってくれるわけはない。
黒子と二人きりでいるよりも、親しい友人たちと騒ぐ方が美琴は楽しいに決まっている。
わかりきったことなのに。

それでも、少し    期待した。


「……呆れますわね」


息が漏れたのと変わらないくらい小さな声でそう呟く。

想いを隠さずぶつけても。
力いっぱい抱きついても。
黒子の手を振り払うことはない。
単なるじゃれあいかもしれなくても、美琴は触れる事を許してくれている。

そして何より。

"黒子〜〜〜〜ぉっ!"


「わたくしの名を……呼んでくれましたもの」


テレスティーナとの戦闘中、美琴が叫んだのはその場にいない黒子の名前。
美偉の運転するバイクの後部座席で美琴たちを追っていた黒子の姿は戦闘に集中していた彼女からは見えていなかった、と後から聞いた。


『ではなぜ黒子の名を?』
『んー、なんでって……あんま深く考えてなかったわ』
『そんな行きあたりばったりな』
『あんた、私が呼べば来るっしょ?ってゆか、来なかったらシメる!』


笑いながら無茶なことを要求する美琴を、計画性がなさすぎる、と窘めたのも記憶に新しい。

咄嗟の時に、その人から呼ばれる名であり、呼ぶ名がある。

今はそんなパートナーの関係で十分ではないか    





約束の日曜日。


「……なんて、思う程わたくし、物わかりがよろしくありませんの」


フッフッフ、と何か企むように微笑む黒子に気づいた飾利は、拘らない様に慌てて視線を逸らす。

しかし、一足遅く。


「さて、初春!」
「きゃっ!な、なんですか、白井さ〜ん……」


いきなり片腕を首に回されて抱きこまれる形で黒子から今日の作戦が伝えられる。
ちなみに美琴と涙子は二人で入場券を買いに列に並んでいるところだ。


「これを御覧なさいな」


黒子は自分の携帯電話を取り出すと、保存していたwebの記事を飾利に示した。
飾利は仕方なく目の前に開かれた画面に渋々と視線を落として。


「えーと、『観覧車で四割がキスを経験。頂上派がそのうち六割』……?」
「観覧車ですわ!今日は観覧車を攻めますわよ!」
「攻めるって……観覧車ってジェットコースターみたいにそう何回も乗るもんじゃないと思うんですけど」


飾利が困惑気味に異論を唱えても黒子の耳には全く届かない。


「四割ほどの高確率ならばっ。十回乗れば一回くらいはお姉さまとチューがっっ」
「いやいやいや。白井さん、そもそもその確率の計算式自体が間違いです」
「そこは愛の力で」
「そんな無茶な」
「初春、あなただってチャンスだと思いなさい。わたくしとお姉さまが二人になるということは、初春と佐天さんもふ・た・り・き・り」


飾利の耳元でわざと囁くように告げると、顔だけでなく体中を真っ赤に染めた"茹で飾利"が出来上がる。


「お待たせー。チケット買ってきたわよ!はい、これ黒子ね」
「……白井さん、あの子、なにやってるんですか?」


ええええ〜〜、だって、そんな、心の準備がぁ〜〜、と独りパニックに陥っている飾利を美琴と涙子は不思議そうに眺めている。


「青春の葛藤というやつですわ。さ、行きましょう!」
「え、でも」


黒子は戸惑う美琴の腕をとってサッサと入場口に向けて歩き始めてしまう。
涙子も状況の把握は出来ないままであったけれど、いつまでもここにいても仕方ない。


「ほら、行こう、初春!チケット失くさないでよ」
「は、はい!」


飾利の手を引いて黒子たちの後に続いた。



   




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