はやてちゃんが私の部屋に来て、まず一言目に。


「あんな、最初に言っとくけど。あたしは『見える人』ってだけで」
それ以上でもそれ以下でもないっちゅーこと。そこ、よろしく。


私とフェイトちゃんに釘をさすように告げる。


「はやてちゃんが霊感あるなんて、知らなかったよ」
「そりゃ、内緒にしとったもん。周りに、あーだこーだ言われるのも正直面倒やし」


はやてちゃん曰く、見えるだけで何が出来るわけでもないし、意識して見ないようにそういった類から距離を置いているとのこと。


「やっぱり、えげつないモン見ると、ご飯美味しくないしなぁ」
「えげつないもん?」


意味が分からず問い返す私に、はやてちゃんは、やや意地悪げな微笑みを浮かべて。


「海水浴場のぶっくぶくに膨れたオッサンや、色んな所が欠けてる線路わきにいる血まみれのオネーサン」
「…………」


き、聞かなきゃよかった……。
私も今日はちょっとご飯美味しくないかも。

げっそりと隣を見ると、口元を手で覆い元々白い顔を更に青白くしているフェイトちゃん。


「……同じユーレイのくせに」
「そ、そんなこと言われても」
私だってなりたくてなったわけじゃないよっ、それに……。


フェイトちゃんは私の突っ込みに眉尻を下げ、グチグチ小さな声で言い訳がましく反論している。


「まぁまぁ。で、とりあえず、自己紹介まだやったな。なのはちゃんの同級生、八神はやてです」
「フェイト・テスタロッサです。フェイト、でいいよ」


りょーかい、とニッコリ笑った後、はやてちゃんはやや居住いを正して本題に入った。


「ほんでフェイトちゃんはいつからココに?なんや、なのはちゃんと結構馴染んでるみたいやけど」
「馴染んで……はないと思う。今朝からだよ。何で私の部屋にいたのか、フェイトちゃん自身もわからないみたいで」


私が肩をすくめて見せると、ふーん、と顎に指を当てながら、はやてちゃんは私とフェイトちゃんを見比べて。


「で、これからどないするん??」


その一言に私はガクリとテーブルに突っ伏した。


「い、いや、だからね、それが分かんないからはやてちゃんに相談しようと」


藁をも縋る思いで掴んだものが、本当にただの藁だった、なんて笑えないんですけど。


「実は朝忙しくて、まだフェイトちゃんときちんとお話ししてないの」
「じゃあ、そこからやね。……フェイトちゃん」
「ひゃい!」


話を振られてフェイトちゃんの体が少しピクッと跳ねた。
もしかして、私とはやてちゃんの会話をまるで他人事のように聞いていたのだろうか、この人は。


「なのはちゃんの部屋にいる前の事とか、覚えとる?なるべく詳しく話してくれん?」
「う、うん」


頷いてからフェイトちゃんは、あっ、と何かを思い出し、小さく挙手をして。


「あの、その前にここはどこなのか教えてもらえないかな?」
「ここ??海鳴市だよ」
「うみなりし?」
「あ、そっか。日本の海鳴市。……日本って知ってる?」
「……ん、名前だけね。そっか……」


フェイトちゃんの表情が一瞬曇ったのが気になったけど、すぐに話題を元に戻して自分の事を話し始めたので、そのまま彼女の話を聞くことにする。


「私の国はミッドチルダっていうの。小さな国なんだけどね」
「ミッドチルダ……」


はやてちゃんが呟いて私に視線を送ってきた。
知ってるかどうかの確認だろう。
私は首を横にふるふると振って答える。私、地理苦手なの。

そんな私たちの様子に気づいて、フェイトちゃんは少し考えた後、O国とかP国とか、と、近くの国の名前を挙げてくれた。


「ヨーロッパ……ちゅーか、東欧のあたりか」
「あの辺、ね」


と言いつつ、私の頭に浮かんだ世界地図では、極々大雑把に"あの辺"に○をつけることしか出来なかったけど。

……だから、地理苦手なんだってば。


「私は軍に所属していて  ……」


それからのフェイトちゃんの話す内容は、まるで本当に教科書の中のことのようで。
全然実感として受け取ることが出来ない。

『銃で撃たれて、死んだと思ったらなのはの部屋に立っていた』

なんて、そんなにサラッとした顔で言える事なの?
それとも、彼女のいた世界ではそれが日常だったのだろうか。だとしたら、すごく、悲しい。

私と同じような事を違う角度で受取ったらしいはやてちゃんは、こめかみを指で掻きながら、フェイトちゃんに質問をした。


「なぁ、戦争って、国が内戦状態にあったってこと?」
「ううん、違うよ。確かに国内も治安は乱れてたし、色々あったけど」
「……なのはちゃん、今ってあの辺で大っぴらに国同士でドンパチしてるとこなんて、あったっけ?」


はやてちゃんの疑問に、私も腕を組んで知識を総動員して考えてみる。
が、あまり世界情勢に通じてないせいで、ものの数秒で降参。


「わかんない」
「え?!そんなはずないよっ。かなり大きな戦争なんだよ?!……大日本帝国だって……」


自分の発言が嘘ではない事を証明しようと、必死な表情でまくしたてるフェイトちゃんに、私たちは更なる違和感を覚え。


「んー、ちょっとネットに繋いでくれへん?」


はやてちゃんが指し示す方向には、机の上の私のノートパソコンがある。
私ははやてちゃんの意図を汲み取って、パソコンを立ち上げるとインターネットの検索サイトを開いた。


「これは何?」
「パソコン知らんの?色んな事を調べたり、ゲームで遊べたり、手紙送れたり、まぁ、便利な機械やね」
「へー、すごいんだ……。タイプライターだったら、私も使った事あるんだけどな」


画面と私の手元を不思議そうに覗き込んでいるフェイトちゃんは、ひとまず置いといて。

まずは……『ミッドチルダ』。


「……なんや、これ」
「どういうこと……?」


そこに導き出された結果にザッと目を通した私とはやてちゃんは、理解が出来ず思わず顔を見合わせた。


「え?何??何て書いてあるの?」


日本語が読めないフェイトちゃんが私たちの戸惑った様子に、説明を求める。
はやてちゃんと一瞬視線で譲り合った後、私は画面上の文字を声に出して読み上げた。

  D国に従ったミッドチルダ国は第二次大戦中に国としての機能をほぼ失い、D国の敗戦を受け戦後P国に吸収され、今はP国の地方都市として名の一部を残すのみである』


「ミッドチルダって国……今は、もう」
……ない、みたいだよ。




   




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