「カ、カラオケ……??」


黒子たちがどこにも立ち寄る事もなく向かった先は、駅近くのカラオケボックス。


「まぁ、デートとして無くはないですけど……白井さん、カラオケそんなに好きでしたっけ?」
「や、普通程度だと思うけど……」
「御坂さん、佐天さん、どうします?私たちも入りますか?」
「でも初春、あたしたち別の部屋でしょ?部屋は防音だし、入っても二人で何してるかわかんないなら意味なく……」


二人きり……密室……防音……。


「入るわよ。そこ、愚図愚図しない!」
「え?!ちょ!」
「御坂さん、待って下さい~」


そしてトイレに行くフリをして部屋を確認しまくったところ、私たちが通されたのは黒子の斜め向かいというそこそこナイスなポジション。
これなら中の様子はわからなくても、知らないうちに帰ってしまうような事にはならないだろう。


♪♪~♫♪~~~


「なに?初春、歌うの?!」
「当り前じゃないですか。ここはカラオケボックスなんですよっ」
「そーだけどさ。あたしたちの目的は……」
「向こうが動かない限り、することないですもん。もったいないので歌いましょう!ほら、御坂さんも!」
「……ははは。私はいいわ……」


嫌いじゃないけど、今はとてもそんな気分ではない、というのが本音。
初春さんから強引に渡されたマイクを、隣に腰掛けている佐天さんへとそのまま横に流す。

アップテンポの曲を熱唱し始めた初春さんに、手拍子を送ってはいたものの、私の意識は部屋のドアに始終向いたまま。


「白井さんたちも普通にカラオケ歌ってるんですかね~?」
「だって、他にすることないでしょ」


気のない私の返事に佐天さんはニヤニヤと品のない笑い顔で耳元に口を寄せてきた。


「薄暗い部屋、二人きりですよ?迫るにはもってこいのシチュじゃないですか」
「もしそんな事になったとしても、黙って迫られてるようなクチじゃないわよ、黒子は」
「あははは。ま、あたしもその点は心配してないです」


……そうよ。
あの子は余程の事でもない限り、嫌々相手に従うなんて事はしない。


だから、私たちに隠してまでここにいるのは    紛れもない"本人の意思"に他ならないのだ。


私、何やってるんだろ。
そう思った途端、居た堪れなさが噴き出した。


「御坂さん?!」


急に立ち上がった私の名を、歌い途中の初春さんがマイクを通して呼んでも応えずに。


「ごめん。これ、私の分。一応多めに出しておくけど、足りなかったら今度請求して」


財布からお札を抜き出してテーブルに無雑作に置く。
私の態度の急変についていけずに戸惑う佐天さんと初春さんに、もう一度、ごめん、と謝罪の言葉を残して私はその場を後にした。





寮の部屋に戻ると、当然のことながらまだルームメイトの姿はない。


「…………」


着替えるのも億劫で、外出着である制服のまま私はベッドに倒れ込んだ。

あーっ!ったく、何だっての……。

自分でも何がそんなに気に障るのか把握できないもどかしさに、枕に顔をグリグリ押し当てる。

別に何もおかしな事でも悪い事でもない。
いつか自分だって黒子とは違う意味でのパートナーが出来るのだろう。
そして、ああして笑い合いながら誰かの隣を歩くのだ。

だとしたら、これは。

あんなツルペタな年下の黒子に先を越された焦燥感か。
それとも、私に異常に纏わりついていたくせに、やはりその程度だったのか、という子供の独占欲か。
それとも    ……。


いずれにしろ、私ってば。


「…………ヤな女」





ブブブブ、ブブブブ  

スカートのポケットに入れたままの携帯の震えで目が覚める。
ああ、私、寝ちゃってたんだ。

うつ伏せになった姿勢のまま、携帯を開いて着信メールを確認すると、初春さんからで。

『報告します。あの後、きっかり二時間でカラオケボックスから撤収した目標は、そのままどこにも寄ることなく、駅の改札で別行動となりました。佐天さんはカラオケだけだった事に興醒めしてるみたいです……。』


「…………はぁ」


なんか疲れちゃったな。
溜息を一つ吐いて、とりあえず初春さんにメールの返事を打つ。
わざわざ報告してくれたお礼だけ。

……それ以上の事を思考する気力は、今はない。

じゃあ、もうすぐ黒子は帰ってくるのかな。
果たして私はどんな顔であの子と会話するんだろう。
さっきから自分の事なのに、自分で全然分からない。ヘンなの。



それからしばらくして、部屋の扉が軽やかにノックされて。


「ただいま帰りました、お姉さま」
「…………ん、おかえり」


私はベッドに横たえた体をゴロリと反転させ、帰宅した黒子に挨拶を返す。


「着替えもせずに横になられて、体調でも優れませんの?」
「別に。んなことないわよ」
「本当に?何だか顔色も良くない様に見えますけれど」
「だから、大丈夫だって。……寝起きなだけ」


覗き込んできた黒子の顔を手で押しのけて、上半身を起こした。
眉間に皺を寄せ不満そうな表情ながら、引き下がった黒子は部屋着へと着替え始める。

私も着替えないとスカート皺になっちゃうなぁ……。

ノロノロと立ち上がり、壁にかけてあるハンガーに手を伸ばす。


「……せめて心配くらいはさせて下さいましね」
「え?」
「お姉さまは大事なこと程、独りでお決めになってしまわれますもの。それは半分諦めましたけれど、やはり心配は致しますわ」
「黒子……」


Tシャツから頭をすっぽり出して眉尻を下げる黒子は、どこか達観した顔をしていて、私は置いていかれたかのような気分に襲われた。


「さっきから何でもないって言ってるじゃん。それに、私より心配しなくちゃいけない奴いるんじゃないの?」
「お姉さまより……?んーー、初春は確かにボーっとして危う」
「ちっがーーう!初春さんじゃないわよっ!」
「は?じゃあ……」


黒子は首を左右に捻って考え込んでいる。
いや、考え込んでいる"フリ"?

私にバレてないと思っているんだから、自分から口に出せるわけないか。


「私だけじゃなくてあんただってケガとか大事なこと、隠そうとするじゃない」
「うっ……それは……その」
「ほら、みなさい。今日だって内緒でコソコソとしちゃってさ」
「今日……?」


勢いがついた私は止まらなくなってしまった。
イライラした気持ちをそのままぶつけるように黒子を問い詰める。


「黒子、私にはジャッジメントの仕事だって嘘吐いてたけど、本当は男の人とカラオケ行ってたでしょ!」
「え?!ど、どうしてそれを……」
「初春さんから怪しいって聞いて、皆でちょっとあんたの動向を……えー、探ったっていうか調査したっていうか」
「要するに、わたくしの後を着けていらっしゃったわけですわね?」
「…………まぁ、そーよ」


いつでも直球なのが私の長所であり……そして、短所。
私たちの行動も胸を張って言えるものでもないから、語尾も次第に小さくなっていく。

あー、初春さんが後で黒子に怒らんないようにフォローしとかないとなぁ……。


「そーゆーワイドショー的な好奇心は程々になさいませんと」


苦笑してベッドに腰掛けるその態度は、隠し事が暴かれても動揺どころか余裕すら感じさせた。

面白くない、全っ然面白くない。
なによ、自分だって寮監さんの時には興味津津で深入りしたくせに。


しかも、私にバレたのよ?!わ・た・し・に!!


今まで散々、人の事を好きだの何だの言って、その相手に対してこの態度ってどうよ!!


「ってゆーか、最初から隠さずちゃんと、デートとか言えばいいでしょーが!」
「だって違いますもの。あの殿方とは全くそんな関係ではありませんの」
「だったら、何?」
「元々ほんの少し顔見知りの方ではあったのですが、先日の合同連絡会の帰りに呼びとめられまして」
初春からお聞きになりましたでしょ?


私は、うん、と小さく頷きながら自分のベッドに再び腰を下ろして、話の続きを促した。

それによると、あの男子生徒も黒子と同じ空間移動の能力者でLv.2からの脱却を目指すも行き詰っているらしく。
黒子は相談と指導を依頼されたとのこと。


「でも、カラオケボックスって」
「他校の生徒と二人きりで落ち着いて指導、実践練習を出来る場所ってなかなかないんですの。外だと外野もいて集中出来ませんし、流石に親しくない殿方の部屋に上がり込むのも躊躇しますし」


そこで思いついたのがカラオケボックスだという。
防音設備もあり静かでとても集中出来たそうだ。


「そんな理由なら、嘘吐く必要なかったんじゃない?普通に言えば良かったのよ」
「……それは……あの方もあまり、人に知られたくないのではと思いましたの。プライド的に」
自分よりいくつも年下のわたくしに頭を下げてお願いするのは、勇気の要る事ですわ。


まさに返す言葉がない、とはこの事だ。

幻想御手の時もそう。
私は自分の傲慢さを恥じて顔を伏せた。


「はぁ。後の二人の誤解も解かないといけませんわねぇ」
「ごめん……」
「大体、お姉さまもお姉さまですわっ」
「ぅわっ!」


黒子にいきなり飛びつかれて、バランスを崩した体をすんでの所で持ち直す。


「黒子が慕っているのはお姉さまだけですのに。そんな初春たちに便乗して面白がるなんて!!」
黒子、悲しくてお姉さまに触らずにはいられません!


    ううん。
きっと私は、面白がってたとか、好奇心だとか、そんな理由ではない。

けれど、まだ、その気持ちを言葉で表現出来る程は形になってなくて。


「…………」
「あら?いつもならそろそろ愛のお仕置きの時間じゃ……」
「愛のお仕置き言うな。……まぁ、今日のお詫び?」


いつもと違い、抱きつかれても抵抗しない私に黒子は疑問符を投げかける。
そして、その答えを聞くと、本当に嬉しそうな笑顔で首に回した両腕にキュッと力を込めた。


「今だけだからね」


私は黒子の細い身体に軽く腕を回してその背中をポンポンとあやしつつ。
無防備に預けられる重みと温もりに安堵する。




黒子に、今のゴッコ遊びのような擬似的ではない想いを向ける相手が現れるいつか。

その時私は。

    この子に心からの祝福を送ってあげられるのだろうか。



  完


ういはるんが歌っているのはもちろんごーごーまn(ry。
違う違う。そこじゃない。
珍しく美琴ちゃんが黒子ちゃんに暴力を振るうことなく最後まで終わりました。やれば出来る(笑)。




    




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