「ふぅ〜……分かっててやるなんて、なのは、ひどいよ」
恨み事を言うその瞳は少し涙目になっている。
かなり痛かったみたい。
「ごめんね。でも、言葉で訊いても誤魔化されそうだったから」
「…………」
「教導隊のモットーにね、そういう素直じゃない生徒には、言い訳や弁明の隙を与えないくらい打ちのめして、今の自分の置かれている立場を分からせろっていうのがあってね」
「……痛いくらい分かりました」
「じゃあ、ちゃんと病院くらい行って。ティアナやシャーリーに怪我してること、内緒にしてるから行かないんでしょう?」
やや責めるような口調になってしまうのは、心配だから。
フェイトちゃんはそんな私に苦笑を返し。
「うん。でも、鎮痛剤は以前の残りがあるし、ヒビ程度だったら安静にしてれば治るよ」
長引くようなら診察してもらうから平気。
あくまでも、自力で治すつもりのようだ。
それなら。
その理由を聞いておかないと。
「フェイトちゃんが怪我したこと知ったら、またティアナが責任感じるってわかってるから知られたくないんだよね?」
「……なのは……知って……」
私の指摘にフェイトちゃんは驚いた顔になり、それから、気まずそうな顔に変化した。
「最近ティアナと少し話をしてね、引っかかることがあったの」
そう前置きする私の話を、何も言わず聞くフェイトちゃん。
表情は相変わらず渋い。
「仕事のことに口を挟むのは良くないとは思うんだけど。六課解散以降のフェイトちゃんの戦闘記録映像をいくつか観たんだ」
「……うん」
「どれもこれも、決して誉められたものじゃなかった。フォーメーションとか全部無視してるような動きをしてる」
それは教導官である私じゃなくても、ティアナですら気づいたこと。
例えば、と一つ日付を挙げて例にとってみる。
「フェイトちゃんがおでこに怪我したときのやつかな」
「…………」
ティアナを始めとする後続の隊員の到着を待たず、一人で施設の制圧に突っ込んで。
抵抗する気をなくさせるよう高威力の魔法で威嚇攻撃を維持しつつ、力技で片っぱしから捕捉。
漏らした犯罪者を追跡までして。
「これじゃ、まるで誰のことも信用してないみたい。しかも怪我までしてたら世話ないよ」
今はもうすっかりきれいになっているフェイトちゃんの額に思わず手を当てる。
今回の肋骨のケガは更に無茶をした結果なのではないか。
そしてそれが積み重なり、いつか取り返しのつかないことになりそうで 。
「どうして?私の知ってるフェイトちゃんは、あんな事しない」
彼女も私も、一人で気負いすぎるクセはあると思う。
しかし、それはいわゆる止むを得ない緊急事態。
あの映像の時のフェイトちゃんは決してそれには当てはまらない。
詰問口調とは裏腹に、私の瞳は不安で揺れてしまっていた。
それを見たフェイトちゃんは、自分の額に当てられた手をそっと握って私の膝の上へと返し。
「なのはに心配かけちゃったことは、悪いと思ってる。ごめんね」
そう言って微笑んだ。
「でも、高町教導官の忠告は聞けないかな」
私はなのはの生徒じゃないからね。
「フェイトちゃん……」
私がまた左手をスッと挙げたのを察して、慌てて右半身をやや引きぎみに警戒するような態勢をとる。
「い、いや、今回のコレは無茶っていうより、完全な私の不注意で」
「じゃあ、今回以外の件は無茶したって認めるんだね?」
揚げ足をとるようなこと、したくないんだけど。
さっきの彼女の様子を見る限り、そうでもしないと何も変えてくれそうにないから。
まっすぐにフェイトちゃんを見据えると、小さく息を吐いて両手を軽く挙げ降参のポーズ。
「ええと……。私にとっては無茶ってわけじゃなくて、ちゃんと他の皆の存在も計算して動いてるの。これでも現場の指揮を執る責任者ですから」
「でも」
「うん。そうは見えないって言いたいんでしょ?」
私は無言で頷く。
その通り。
あのフェイトちゃんは、まったくセオリーを無視した非効率的な動きだと、つい今しがた指摘したばかりじゃない。
「んー、あんまり、大きな声で言えることじゃないんだけど……」
ばつが悪そうに頬を指でポリポリ掻きながら、視線を泳がせて。
「現場責任者っていう立場を利用して、自分の実戦訓練を兼ねさせてもらってる、みたいな」
実戦訓練……?
驚愕の理由に私は返す言葉がない。
「とりあえず、状況に応じて私が出来る限界までは私一人でやらせてもらって、無理だと判断した所はフォローをしてもらってる」
……あのね、フェイトちゃん。
実戦訓練っていうのは、あくまでも『実戦的な訓練』という意味であって『実戦での訓練』じゃないんだよ……。
「そりゃあ、実戦での経験っていうのは、いくら訓練しても補えない貴重なものだと思うよ。でも、ケガしたり、ティアナの顔を曇らせてまでする必要があることなの?」
何のための補佐なの?!
何のための現場の局員なの?!
フェイトちゃん一人で全てをこなす必要なんてどこにもないのに。
すると、フェイトちゃんは思い出したように紅茶を一口含んでから、すっかり冷めてしまっていたことに、残念そうに眉を下げた。
それから、ソファーに背を完全に預けて軽く瞳を閉じる。
「ティアナには申し訳ないけど。これは私がどうしても拘りたい点で、通したいワガママなの。もちろん、その任務自体に悪影響を与えるようなことにならないよう考えてる」
「前は……六課の時には、そんな風には見えなかったよ?それより前だって」
いつからそんな事、と多少非難めいた言い方をしてしまうのは、仕方ない。
まだ納得出来る理由は語られていないのだから。
「大事なことをね、思い出したんだ。きっかけはJS事件」
もう1年くらい前になるあの事件は未だに瞬時に思い出せるほど、良い意味でも悪い意味でも印象的な事件だった。
確かに、彼女に何かの変化を与えるような要因があったとしてもおかしくない大きな出来事。
「大事なことって?」
私の問いにはすぐに答えずに、フェイトちゃんは閉じていた瞳を開けると、逆に私に質問を返してきた。
「さっき、なのはの知ってる私はあんな事しない、って言ったよね?」
「うん。それこそJS事件のときみたいに、エマージェンシーでもなければ、あんな方法は選択しないはずだよ」
「……そうじゃない私のこと、なのはは知ってるんじゃないかな」
「…………」
そう、私は知っていた。
管理局に入局してからのフェイトちゃんにおいて、そんな記憶はない、というだけ。
フェイトちゃんが言っているのは、必死にジュエルシードを収集していた出会って間もないときのこと。
瞳に懐かしい色を浮かべる穏やかな表情の今の彼女からは、想像するのは難しい過去。